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(10)行雲流水、人生は旅

室戸岬の先端に寺が経営する「最御崎寺へんろセンター」という宿坊がある。
有栖一郎はその日、この宿坊に泊った。
ベッドのある洋室に落ち着くと、まず浴場に向かった。
湯に入る前に、足の状態を調べた。踵は赤く擦りむけて、足指の方は肉刺ができている。湯に入ると、沁みてヒリヒリと痛んだ。
浴槽の中央に大師様の座像がある。それを見ていると穏やかな声が聞こえた。
「そのお大師様に柄杓でお湯をかけると、ご利益があるそうですよ」
声と同じく、穏やかな表情をした老人だった。頭が薄く、体毛の無いすんなりとした肉体をしている。話し好きのようで言葉を続けた。
「先ほど目にしましたが、靴擦れを起こされているようですね。お遍路は初めてですか」
「ええ、5日前から初めたばかりです。靴擦れは、ハイキングシューズを新調したのが裏目に出たようです」
「じゃあ、あとで私の部屋に来なさい。薬があるので塗ってあげよう」
「えっ、いいんですか。では遠慮なく」

風呂から上がったあと、浴衣に着替えて食堂に行くと、先ほどの老人がいた。
老人は一郎に気づいて手招きした。
仲良く同じテーブルに着き、宿の料理を食べながら話をした。
老人の名前は永井英二郎、77歳である。岡山から来たという。
「とくに信仰心があるわけじゃないが、お遍路が好きでしてネ。四国は周囲を海で囲まれ、内陸部は石鎚山や剣山などの名山がある。それが、独特の自然景観を作っているんです。まあ、そういった風景もいいが、私は色んな人の情に触れるのが大好きなんです。――お遍路におけるお接待をご存じですか?」
老人の穏やかな話しぶりは、聞いていて心地良かった。
「この地でお接待と言うのは、無の心で巡礼者に食べ物などを施し、相手を思いやる心遣いをすることです。ですから、むげに断ってはいけません」
なぜ老人がわざわざお接待の説明をしたのか、一郎はこのあとその理由を知ることになる。

永井老人の部屋は和室だった。すでに布団が敷かれている。一郎は布団の上に座らされ、両足を前に投げ出すように伸ばした。
老人は患部に軟膏を塗りつけながら言った。
「いろいろ試しましたが、この薬が一番効き目があるようです。余分に持っていますから、ひとつさしあげましょう。明日歩くとき、薬を塗った上にテープを貼り、厚手の靴下をはかれたらいい」
それから一郎のふくらはぎを掴んだ。
「だいぶ張っていますね。このままでは疲れが取れない。ちょっとマッサージして差し上げます」
仰向けに横たわった一郎の足を、老人は両手を使ってマッサージしだした。
指圧し、叩き、撫でる。その手が太もも伝いに、じょじょに上に伸びてくる。
ついには付け根の当たりを刺激する。
一郎とて初心な男ではない。すぐ老人の意図に気づいた。
老人と目が合った。熱をおびて潤んでいる。あとやることは決まっていた。

小振りの尻を両手で抱えて挿入の態勢をとると、老人の体が震え始めた。一郎は急に老人が可愛く思えた。オイルを塗り足し、亀頭を後門の中心にあてがって、円を描くように何度も擦りつけたあと、腰をゆっくり前に送り込んだ。
亀頭がずんぬりと埋めこまれていく。その滑りがあまりにいいので、面食らうほどだった。
ゆっくりとしたリズムがじょじょに速くなる。
これほど具合の良い直腸は初めてだった。全長をしっぽりと締め付けて、微妙な変化にも敏感に反応する。
一郎は壮年期の力を蘇らせて、無尽の精力を感じた。最高に張り詰めた亀頭で、菊門の入口のすぐ裏側を真っ直ぐに突き、今度は下から斜めうえに向かって撫であげた。
ひっ!いいいーっ!
老人があごをのけ反らせて、スリムな体がぶるぶると震えた。
すっかり終わったあと、老人は一郎の性器を手に取り、じっくりと観察した。
「普通、男のチ○ポは、常に皮の剥けた状態にしておくと、亀頭が発達してカリ首の段差が大きくなる。ところがあなたのチ○ポは、裏側も凄いんだ。割れ目が深く切れこんでいて、その両側に段差の大きなエラがむっちりと張り出している。だからピストン時に、亀頭全周のエラが引っ掛かって、相手に気の狂うほどの快感を与えるんです」
解説するように話す老人のようすは、いかにもチ○ポが好きで堪らない、というように目を輝かせている。

永井老人とは高知市内まで同行し、そこで別れた。これから岡山に帰るという。飄々として、爽やかな老人だった。
また一人に戻って、旅を続けた。
途中、淳一郎から電話があった。早く東京に戻って来いと言う。一郎は、体調が良いので、もう少しお遍路を続ける、と言って電話を切った。この後も電話されるのが煩わしいので、携帯の電源を切ろうかと思ったがとどまった。
高知市と土佐市周辺には、7つの札所がまとまってある。全部回るだけで3日はかかる。それでも、全88札所の半数にも届かない。
7札所の最後に、西方にある青龍寺に向かった。そのあとは、足摺岬までの長い行程が控えている。
宇佐の大橋を渡って、青龍寺の麓に辿り着いた。本堂までは170段の長い石段を登らなければならない。
おや、あれは――。石段の手前に、見知った顔の巡礼者がいた。まさか、と思っていると、先方がこちらを認めて駆け寄ってきた。
幼馴染の中村春夫だった。
「ハル、お前、その恰好はどういうことだ?」
一郎の質問に、春夫は自分の白衣を見下ろし、事もなげに答えた。
「私も巡礼をやってみることにしたんだ」
「でも、俺がここに来るって、よく分かったな」
「ああ、淳一郎くんに聞いた。大急ぎで高知に来て、観光案内の人に事情を話したら、ここで待てば会う確率は高い、と言われたんだ。でも、ひょっとして行違いだったかと心配していたところだ」
「だったらなぜ、携帯電話をかけない」
「巡礼中に電話するとイッちゃん嫌がるって、淳一郎くんが言ってたから」
真面目すぎる返事に、一郎はあきれた。
でも、いかにもハルらしいな――。
いつ来るのかあてのない一郎を、春夫が長時間待ち続けていたのは間違いない。巡礼の装備や、東京からここまでの交通を考えれば、相当慌ただしく行動したのだろう。
なんでそこまでして、俺と一緒になりたいんだ?
この日は宿坊が無いので、温泉宿に泊った。その夜、二人は、積もる話に花を咲かせた。

翌朝から、いよいよ足摺岬の38番金剛福寺へ向けて、長い道程を歩き始めた。距離にして142Km、中間に札所がひとつあるだけである。しかもその後、愛媛県境の39番札所まで56Kmある。
今日が歩き始めの中村春夫にとっては、過酷な行程となるだろう。
一郎は、旧友の春夫と一緒に歩くのは嬉しかったが、反面、相手の体力を心配していた。一郎の方は、衰えたとはいえ子供時代から合気道で鍛えた体力がある。対して春夫は、スポーツとは縁遠い生活をしてきた。
そこで初日は20Kmほど歩いて、早めに宿を見つけた。それでも春夫にとっては大変だったらしく、宿に着いたときはぐったりしていた。

青龍寺から7日かけて、四万十川の河口付近にある足摺温泉郷に到着した。
一郎の単独行動なら、1日早く着いていたことだろう。やはり春夫がブレーキになっていることは否めない。
しかし一郎は文句を言わなかった。春夫は迷惑をかけまいと、足を引きずりながらも決して弱音を吐かない。その姿は悲壮感さえ漂っている。
宿に入って部屋で落ち着くと、春夫の足の状態を見た。一郎が靴擦れを起こしたときよりも、ひどい状態だった。踵は赤く擦りむけ、足裏も脹れあがって血豆が出来ている。ここに来るまで、永井老人に貰った軟膏を塗ってやったが、その効果はあまりなかったようだ。
足摺温泉の湯は、弱アルカリ性の天然ラドン温泉で、自然治癒力を活性化して、免疫力向上の効果もある、と効能書にある。
その温泉にのんびりと浸かりながら、一郎は春夫に話しかけた。
「ハル、どうする?最後の札所まであと51カ所ある。本当に、その足で歩けるのか?」
春夫は泣きそうな表情をした。
「イッちゃんに迷惑かけてるのは分かってるけど――このあともお遍路を続けたい。東京を出るとき自分に誓ったんだ。イッちゃんについて行くって――」
最後の言葉は消え入りそうだった。

足摺岬は、室戸岬より迫力ある景観だった。それに観光客も多かった。
岬の断崖に白亜の灯台が聳え立っていた。展望台からの視界は270度、彼方にのぞむ水平線がアーチ状に見え、地球が丸いことを実感できる。
壮大な景観に、一郎は感激した。
――謙治郎、お前と並んでこの景色を見たかった。

足摺岬を後にして、土佐清水市の市街地に入ったとき、港のほうに立ち寄った。そこで漁師に頼んで船を出してもらい、海に出た。黒潮本流が直接ぶつかる海である。そこで謙治郎の遺灰をすべて波に流した。
両手を合わせながら、一郎は念じた。
――謙治郎、ここでお別れだ。やはりお前には、狭い日本より世界が似合ってる。生まれ変わったら、この広い世界でのびのびと羽ばたけよ。

「なあ、ハル。俺たちには先を急ぐ理由は何もない。暇も十分ある。だからこのお遍路は、何カ月かかってもいいんだ。お前と俺、芭蕉と同じだ。同行二人、行雲流水でいこう」
次の札所に向かいながら、一郎は宣言するように言った。
春夫は嬉しそうにうなずいた。足摺温泉郷でまる一日、余分に休みを取ったので足の状態はだいぶいいようだ。
(そういえば、芭蕉と杜国はいい仲だったと聞く。ハルが杜国だとすれば――)これまで風呂で、春夫の裸を何度も見て、一郎は好色な気持ちになっていた。
――きれいな体をしてるじゃないか。尻も可愛らしい。
旅は長い。こんな気持ちでは、いつかは一線を越えてしまうかも知れない。
そして予想通り、道後温泉の夜、二人は初めて同衾した。
大いなる苦痛と歓喜。すっかり終わったとき、春夫はしがみついて泣いた。

いよいよ最後の札所、大窪寺に辿り着いた。本堂と大師堂でお参りしたあと、これまで使ってきた金剛杖と菅笠を奉納する習わしだが、そうはしなかった。
八十八ヶ所全て廻リ終えたあと、高野山奥の院に行ってお大師さまに巡礼の無事を報告し、納経帳の最初の頁に朱印をいただいて、そこで全ての道程が終る。
だから、次は高野山に行くつもりだった。
「ハル、お疲れさま。これで四国お遍路の旅は完走した。よく頑張ったな」
一郎が告げると春夫の顔がみるみる歪んだ。彼は感極まって一郎にしがみつき、人目もはばからず泣きだした。
おそらく彼の流した涙は、長い旅の諸々の思い、感情が絡みあい、表に溢れ出たのだろう。
これで二人が合流した土佐の青龍寺から、ざっと1000Kmほどの距離を歩いたことになる。長い道のりを、一日、一日、苦しい事、楽しい事をいろいろかみしめながら、歩いて来たのだ。
一郎と春夫の間で新たに芽生えた愛情――知らない人との出会い――人の温かさを感じ、雄大な自然を感じ、気持ちいい汗を流し、人間本来の生きているという実感を味わえた旅だった。

――*――

ガラス窓越しに、秋色深まる景色が見える。枯れて赤く輝く葦に覆われた不忍池や、紅葉した上野の森――。窓が一枚のキャンバスだとすれば、自然の絵画に勝るものはない。
有栖一郎は、挿絵を一枚描き上げたところで、一息ついた。四国巡礼の旅のあと、紀行文を書き始めた。そのうち出版して本屋に並べるつもりだ。
死んだ謙治郎への追悼の意があった。それにこの時期、明るい窓の側のデスクについていると、自然に創作意欲が湧きあがってくる。文章を練ったり、絵筆を走らせたりすることが楽しい。
春夫が湯気の立つコーヒーを持ってきてくれた。好物の練り羊羹が、一切れ添えられている。
うまい――。
一口飲んで、思わず声が出る。
酸味も苦みもあまり強くなく、香ばしい匂いがする。いつの間にか春夫は、味にうるさい一郎の好みを会得したようだ。
池之端のマンションに中村春夫が同棲しだして、3か月が経つ。
最初の約束で、同じ部屋に住んでいても、いつもべったりではない。自由な独身生活と便利な共同生活、二人はその辺のところをうまく住み分けていた。
こうしているうちに二人は老いていく。70が80になり――。
いつかは別の何かをやりたくなる日が来るかもしれない。
でも、今はこれでいい。



       私が60代の頃、心の安らぎだったクニ爺さんに捧げる

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24/07/02 07:40 神亀

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