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(7)クラス会の夜 |
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11月最後の週の金曜日、忘年会をかねて高校時代のクラス会があり、特に仲の良かった10人ほどが集まった。
中村春夫も出席したが、40歳を過ぎた頃から何となく億劫だった。社会地位や家族の差、給料の差がどんどん大きくなって、気楽に飲めなくなったのだ。 それが70歳になって、皆同じ年金生活者だとしても、資産や人格の差はやはり気になる。意識しないようにしても、劣等感はぬぐえない。 それでも、ビールで乾杯したときは、ほっと一息つけた。ここは馴染みの店なので、くつろいで飲み食いできる。 「有栖も後から来るそうだ」 幹事役のひと言で、「おっ、有栖か。久しぶりだな」「懐かしい」とさらに場が盛り上がった。 春夫は、久しぶりに有栖一郎の名前を聞いたら、まるで自分の名前を呼ばれたようにビクッとした。 「しかし区長なのに、よく来ることができるな」 「なあに、来年は区長選挙がある。票集めの為だろう」 (イッちゃんに限って、そんなことはない!)と言いたかったが、春夫は黙っていた。しかし、誰かが一郎を擁護した。 「あいつは変わり者だが、およそ打算とか根廻とかの無い男だった」 「そうだな。高校生のとき、あいつが先生に対して直球でものを言うのを、何度も見てきたからな」 「おい、えらく有栖の肩を持つじゃないか」 「そんなんじゃない。有栖と一番仲が良かったのは中村だよ。なあ」 クラス仲間からの不意打ちに「そ、そうだな」と春夫はどぎまぎした。 確かにあの頃は、いつも一郎の側にいた気がする。音楽タレントを目指して二人でデュエットを組み、暇さえあれば音楽活動をやっていた。 あの頃が、一番いい時期だったな――。 30分ほどして、ようやく有栖一郎がやってきた。 途端に、春夫の心臓がドキドキしだした。 「やあ、遅れてすまん。これ家にあったので持ってきた」 一郎は無造作に、テーブルの上に焼酎の一升瓶を置いた。いかにもこだわりの彼らしく、プレミアム焼酎『魔王』である。 「お、魔王か。これは豪勢だ」 「さすが区長!」 区長と言われて、すかさず一郎がくぎを刺した。「おい、それは無しだ。ただでさえマスコミが俺のアラを嗅ぎまわっているんだ。この酒は高校クラス会の友情の証し。それ以外、何もない」 幹事がすぐに反応した。 「分かった、分かった。なあ、皆。さあ、友情の証しを飲もうぜ」 春夫はやり取りを聞いていて、一郎は変わったと思う。以前は一匹狼的な存在でクラス仲間とも馴染んでいなかった。やはり区長になった影響なのか。 それにしても魔王はうまかった。オンザロックにして、氷が溶けかけたところでグビッと飲む。スッキリした味わい。フルーティーな香り。そして穏やかな余韻がある。さすがプレミアムがつくわけだ。 10分ほどして一郎は、失礼すると言った。まだ公務があるようだ。 幹事も事前に聞いていたのか、すんなりと了承した。 「ご苦労さまでした。でも帰る前に、一曲歌ってよ」 「そうだ、有栖と中村はデュエットで歌っていたな」 皆が一斉に拍手して、一人が手回しよく店からギターを借りてきた。 結局、春夫がギター伴奏しながら、ゆずの「栄光の架橋」を歌うことになった。二人がデュエットするのは50年以上のブランクがあったが、何とかハモって歌うことが出来た。 一郎が帰ると、心なしか場が静かになった。春夫は思った、やはりイッちゃんは孤高の人とはいえ、クラスの華なんだ。 忘年会がお開きになって、皆、三々五々帰って行った。 春夫はこのまま帰るのも、何となく心残りだった。それに近ごろ、家には自分の居場所がない、と思い始めていた。 春夫は35歳のとき、母親の勧めで見合い結婚した。相手は春夫より10歳下、考えのしっかりした女性だった。やがて一人娘が生まれたのを待っていたように、女房の啓子は夫に構わなくなった。そのこと自体は、春夫もむしろ気が楽だった。なにしろ彼の関心は、女性よりも男性にあり、女房との夜の生活も淡白だったからだ。 しかし娘が成長していくにつれ、疎外感を覚えるようになった。娘の彩夏は両親の力関係を見て、父親より母親を優先するようになっていた。そして彩夏が関西の大学に入ったとき、啓子も家を出て娘と同居したのだ。 それから3年後、関西の啓子から電話があった。会って話したい、と言うのだ。声の調子から何か大切なことだなと思った。 予定の日に啓子がやってきた。地味な服装だが、以前より洗練されて見えた。 そして驚くべきことを言ったのだ。 「私もあと3年で50歳。手遅れにならないうちに、自由に生きたいの。だから離婚して欲しいの」 あまりに唐突な話だったので、春夫はしどろもどろに返事をした。 「突然、離婚だなんて――。生活はどうする」 「前から服飾関係に興味があって、アパレル会社で働いているわ。今はパートだけど、来年は正社員になれそう」 「それで生活費が成り立つのか。それに彩夏の学費だって――」 「もちろん、彩夏の養育費はあなたに出してもらうわ。でも彩夏は4年生になったから、あと1年で社会人。それにもちろん、離婚となると、私にも財産分与していただくわ」 「もちろん」の連発に、春夫はぐうの音も出なかった。結局、二人は離婚手続きして、その後も啓子と彩夏は関西に居続けた。彼女らとの音信も疎遠になったころ、彩夏が結婚したと知らせが来た。春夫には式の招待状さえ来なかった。 数年後、彩夏が夫と二人の子供を連れて下谷の実家に戻ってきた。春夫のやっている楽器店を継ぎたいというのだ。 娘の夫は失業中で頼りなさそうな男だったが、夫婦仲は良いようだ。 彩夏は商売の才があるのか、人の良い夫を使いながら、いつしか店をじょうずに切り盛りしだした。そして今は、娘夫婦に店を譲っても良い、と思うまでになっていた。 春夫は一人で上野駅まで歩いて、裏の通りにあるバーを訪れた。年配のお仲間が集まる店で、たまに来ることがある。 中に入るとひんやりとして、ちょっとホッとする。この時期、暖房を利かせ過ぎの店が多く、暑がりの彼は敬遠していた。 春夫の他には、カウンター席にいる年配の男性客二人がいるだけ。 何か見た顔だなと思っていたら、有栖一郎の弟、二郎だった。 有栖兄弟はあまり似ていない。兄が大柄で動作もゆったりとしているのに対して、弟のほうは中肉中背の筋肉質で、動作もきびきびしている。 春夫がビールを飲んでいると、横から声が聞こえてきた。 「お前、ヒデ爺を垂らし込んだだろうが」 「俺から付き合ってくれと頼んだわけじゃない。あのときはヒデ爺が――」 「なんだ、それは!黙っていても、爺さんのほうから寄ってくるってか」 「――」 もう一人の客が、二郎に絡んでいた。口ぶりから、かなり酔っぱらっている。 二郎のほうは、これ以上なんか言うと、ますます鬱陶しいことになりそうだ、と思ったのか黙っている。 「俺はお前なんかよりはるか昔から、ヒデ爺と付き合っていたんだ。それをお前が、酒を一杯引っ掛けるように、かっさらっていきおって――」 男はくどくどと言いながら、そのうち嗚咽しだした。 春夫は聞いていて、悪いのは二郎だと思い始めた。年配の男がこれだけ暑苦しく想っている爺さんを、横取りしたのだ。それとも二郎のほうにその気がなくて、爺さんのほうがご執心なのか。 だったら二郎のほうで、最初からきっぱりと断っていたら、こんな面倒臭いことにならなかったのに。そう思うと、むしろ相手の男が可哀想に思えてくる。 そのとき二郎がふと振り返って、春夫を認めてニコッとした。 「あれ、ハルさん、来てたの」 「――ああ、高校のクラス会があって」 「じゃあ、俺の兄貴も一緒だった?」 「いや、イッちゃんは先に帰った」 「そうだよな。兄貴は公務で忙しいから――」 そこまで言って、誘いをかけた。「ねえ、久しぶりに会ったのだから、ちょっと俺につき合ってくれない。もう一軒、行こうよ」 おそらく二郎は、隣の男から逃げたくて、渡りに船とばかりに春夫を誘ったのだろう。春夫もそれをじゅうぶん承知しているので、同意した。 二郎に連れられて入った店は、落ち着いた内装のバーだった。それにホモバーにあるような、日陰の花のような雰囲気がまったく無い。 重厚なカウンターの前に落ち着くと、二郎がマティーニを2杯注文した。 白髪の上品なバーテンダーが鷹揚にうなずき、慣れた手つきでカクテルを作りだした。 二郎が、カクテルグラスを受け取って、掲げた。 「きみの瞳に乾杯!――なんてね」 映画カサブランカのワンシーン。場の空気が俄然やわらいだ。それで春夫は前から聞きたいと思っていたことを訊いた。 「イッちゃんて、ジローちゃんから見たら、どんなお兄さんだったの?」 ジローは少し考えて、ニヤリとした。 「兄貴というより親父の役をしているみたいだった」 「どんなこと?」 「本当の親父は学者で、あまり俺たちに構ってくれなかった。だから兄貴は、代わりに俺の面倒を見ようとしていた」 「――」 「兄貴がそう考えるようになったのは、神崎先生の影響もあるけど」 「ああ、合気道の道場の――」 春夫は小学生の頃の事件を思い浮かべた。彼が不良中学生たちにカツアゲされそうになった時、イッちゃんが助けてくれた。あれからイッちゃんが好きになったような気がする。 春夫が物思いに耽っていると、ふいに二郎が訊いてきた。 「ねえ、ハルさんて、兄貴と寝たことがあるの?」 春夫は、思わず飲み物を吹きだすほど動揺した。 「な、何言ってるの。そんなこと無いよ。――でも、なぜ」 「だってさっきの店に来たでしょう。あれは兄貴が教えてくれた店なんだ」 二郎は、春夫の顔を真っ直ぐに見た。「今さら隠しても仕方ないよ。ねえ、ハルさんて、男に抱かれたことがあるんでしょう?」 「男を抱いた」ではなく「男に抱かれた」だ。春夫のウケ性向を十分知ったうえでの質問だ。 そこで二郎は、アルコールをスコッチウイスキーに切り替えた。老バーテンダーが、シングルモルトのボトルとロックグラスを二つ持ってきた。チェイサーと氷のバケツも用意した。 二郎は、話し上手の乗せ上手だった。酒を進めながら、気楽に話を続ける。 春夫は気安さとアルコールのせいで、すっかり口が弛んでしまった。じょじょにこれまで胸に秘めていたことを、口に出し始めていた。 こんなに気持ち良く酔えたのは初めてだった。店を出るころにはすっかり酩酊して、足元がふらついていた。それを二郎が横から支えていた。 春夫は夢を見ていた。 大勢の生徒たちを前に、ギター演奏しながら歌っていた。栄光の架橋――横にはイッちゃんがいた。大きな拍手が聞こえてくる――。 場面は揺らいで、病院の一室。イッちゃんが目を閉じて、白いベッドの上に横たわっていた。 イッちゃんの身体にすがりついて泣きじゃくる春夫の耳に、声が届いた。 ――ハル。 「えっ、イッちゃんなの」 ――俺は天からお前を見守り続けている。 「天から――もっと身近がいい――」 ――なら、お前の中に入ってやる。 何とも言えない歓喜が、春夫を包み込んだ。思わず快哉の声が出る。 横から二郎が、慰めるように言った。 「ハルさん、気を落とすな。兄貴は寿命だったんだ」 「大丈夫。イッちゃんは死んでも、私の中に入ってる」 「えっ、どこに入ってるって?」 「そんな恥ずかしいこと――私の口から言えない」 目が覚めたとき、自分がどこにいるのか分からなかった。じょじょに昨夜のことが思い出される。 タクシーに乗って、二郎のマンションに向かったのは、かろうじて思い出せる。家に電話しようとして、酔っぱらい過ぎて呂律が回らず、二郎が代わりに話していた。――今夜は遅くなったので、私の家に泊めます。 でもその後の記憶がない。 何かがおかしい。 ふと違和感を覚えて、そっと後ろに手を伸ばした。かすかな鈍痛――尻の狭間に明らかな男の痕跡を感じた。 愕然として二郎の姿を探した。部屋には誰もいなかった。 尻がムズムズする。トイレに行って便器に腰掛けると、トロリとした精液が滴り落ちた。春夫は顔をしかめた。 ジローちゃん、中出しするなよ――。 食卓テーブルの上に、書き置きとキーがあった。 ――ごめん、あまりにも気持ち良かったので、つい出しちゃった。それから鍵を掛けたあと、キーは玄関マットの下に隠してね――。 ![]() |
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24/06/26 07:13 神亀
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