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(5)おさななじみ |
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有栖一郎は自分のマンションに向かって歩いていた。横には上野公園で出会った老人が、自転車を押しながらついてくる。
ちょっとした初対面の会話から生まれた幸運――。老人が女房に先立たれ、谷中に一人住まいだと聞いて、一郎は言ったのだ 「――私も女房に先立たれました。実家は長男一家に住まわせて、私は池之端にあるマンションで一人住まいです。朝起きると不忍池や上野の森が見えて、快適な部屋ですよ」 そして付け加えた。「仕事は――来春、リタイアの予定です」 一郎の話を聞いて、急に相手の目元が親しみを含んで和らいだ。 「じゃあこれを機に、お付き合いできますね」 思わず本音が出たのか、老人は自分の言葉に驚いたように頬を赤らめた。 「いいですよ、セイさんさえよろしければ」 一郎は、相手の顔に浮かんだ表情を見て、思い切ったことを言った。「どうですこれから私のマンションに寄りませんか」 老人がそっと頷き、二人は一郎のマンションに行くことになったのだ。 マンションの部屋で二人きりになると、少しの間、気まずさが漂った。 それを払拭するように、一郎は老人のほうに歩み寄った。 少し怯えたような顔が、こちらを見あげる。 そのまま、老人の身体をやさしく抱きしめた。 決断の一瞬だった。もし老人が抗えば、一郎は「冗談ですよ」と言って、お茶でも出すつもりだった。 しかし老人は、おとなしく抱かれるままにしていた。 こうなるとやることは決まっている。二人は裸になり、バスルームでシャワーを使ってお互いの身体を洗いあった。老人は小柄だが、肉付きが良かった。そして体毛の薄いなめらかな肌をしていた。 老人は、駒健で肛門性交を経験した、と白状した。そのあと、シリンジポンプを使って直腸を洗浄しだしたので、二人の役割は決まった。 寝室に行くと、窓のカーテンを引き、照明はスタンドひとつにした。 二人はベッドの端に並んで腰かけ、お互いの身体を触って刺激し合った。 70歳と67歳の爺さんが昼日中、薄暗い部屋の中で睦みあう姿は、妖艶というよりも、どことなく微笑ましかった。まるで未知の性交に好奇心を抱いた、仲の良い子供たちのように。 そのうちじょじょに、大人の卑猥が童心を覆いつくしてくる。乱れた呼吸や息づかいが、二人を淫らな興奮へと追いやっていく――。 その興奮は、70歳の性器を不相応に勃起させ、すぐにでも湿った穴倉にもぐり込みたくて、ぶるぶると打ち震えさせた。 老人を前屈みにベッドの端にしがみつかせ、用意した潤滑油を菊座にべったりと塗りこんだ。秘所のやわらかさから、初心でないのが分かる。 亀頭にも潤滑油を塗り込め、谷間の中心にあてがい、じんわりと押し回した。 押し回すことによって、潤滑油をその周辺になすりつけると同時に、固くすぼまった菊座の緊張を緩めた。 やがて少しずつ押し入れていく。 「ああっ、入ってくる――ゆっくり、ゆっくり入れて」 老人が喘ぎ声をあげた。 あと一息で亀頭冠が通過するとき、老人が苦しみの声をあげた。 かまわず一郎は、老人を貫いた。深々と結合すると、しばらくそのままでいた。湿った温もりが、性器の全長を押し包み、締めつける。直腸が微妙に蠕動して、敏感になった亀頭に3つ年下の息吹を伝える。 往年の力を蘇らせた一郎は、力強い腰遣いで動きだした。 ![]() その頃、マンションの下では、長いこと佇んでいた中村春夫が、その場を立ち去っていくところだった。 彼は偶然、上野公園で有栖一郎を見かけたが、声をかけるのをためらった。一郎が見知らぬ老人と親しげに話していたからだ。 それでも二人が連れたって歩きだすと、慌てて喫茶店を出て後をつけだした。 区長という公職から離れた一郎の私生活に出会うと、なんとなく、そばで一緒に居たい気分になる。べつに一郎と男色関係にあるわけではない。これまで二人の関係は、あくまで幼馴染の域だった。 それでも一郎の姿を見ると、身体中に暖かいものが広がり、無性にそばに居たい気分になるのだ。 春夫は自分の心情の変化が、完全には理解できていなかった。 その変化の兆しは、一郎が高校の同窓会で区長選挙に打って出る、と急に言いだした頃からだ。そして見事当選したとき、再認識した。 やはりイッちゃんは永遠のチャレンジャー、不可能という言葉はないんだ――。それは彼が幼少時代から思っていたことだった。 嫌だなあ――。 小学生時代の中村春夫は、一郎が近くにいると、いつも思っていた。 だから登下校のとき、家の近い子供たちが集団で歩いていても、出来るだけ一郎から離れていた。 一郎と仲が良い、と他のクラス仲間に思われたくなかった。なぜなら一郎は仲間たちと群れず、いつも一人でいた。それで変人と見做されていた。 それでも一郎がイジメに遭わなかったのは、皆に一目置かれていたからだ。学業成績はいつもトップ、なにより先生に対して堂々と大人びた意見を言う。 春夫は一郎のように意志が強くなかった。彼が何よりも恐れていたのは、仲間外れにされることだった。 そんな思いが変わったのは、ある事件がきっかけだった。 小学校5年生のとき春夫は、不良中学生たちにカツアゲされそうになった。 春夫の家は楽器店だった。それを知っている中学生の一人が、店からギターを持ってこい、と言ったのだ。 小学校のクラス仲間が何人か通りかかったが、春夫が3人の中学生に囲まれているのを見て、避けるように通り過ぎて行った。 孤立無援――親に内緒でギターを持ち出すしかなかった。 そのとき、有栖一郎の声が聞こえた。 「春夫、警察を呼ぼうか?」 3人の中学生がいっせいに振り向いた。 「なんだあ、このガキは!」 大きな体格をした中学生たちにすごまれても、一郎はまったく動じなかった。 「3人の中学生が小さな小学生を囲んですごんでいるのは、カツアゲとしか思えない。だから警察を――」 話の途中で、中学生が一郎の顔を殴った。 一郎はよろけたが、その中学生をにらんだ。 「ぼくは合気道をやっているが、先生との約束で喧嘩はしない。ぼくとやりたいのなら、道場に来い。1対1、正々堂々と勝負しようじゃないか」 その言葉に、中学生たちは逆上した。 「なにおっ、生意気な野郎だ!やっちまえ!」 中学生たちは一郎に襲い掛かった。そして殴る、蹴る、の暴行を加えだした。 一郎は反撃せず、ただ身を護っているだけだった。そして春夫自身は、ただ震えて傍で見ていた。 そのうち、通報があったのか、警察官二人が駆けつけて、ようやく騒動は収まった。 その暴行事件から一週間後、春夫は一郎に呼ばれて、下谷にある合気道の道場に来ていた。道場内には、一郎に暴行を働いた中学生3人の他に、一郎の母親、それに中学生の親らしき男女の大人たちがいた。 道場の中央には、胴衣に着替えた一郎がいた。その顔はまだ痣が残って、痛々しかった。その向かいには、リーダー格の大きな体格をした中学生がいた。この中学生も胴衣を着ている。 道場主の小柄な年配男性が、集まった大人たちに向かって一礼し、これから二人による試合を行うこと、勝敗に関係なくこれをもって和解すること、を告げた。それから胴衣の二人に向かって、殴る、蹴る、の禁止事項を伝えた。 不公平だ――。春夫は思った。いくら一郎が合気道を習っているとはいえ、相手は一回りも二回りも大きな身体をした中学生だ。勝負は目に見えている。 しかし春夫の心配は杞憂に終わった。 中学生が一郎の小さな体を鷲掴みにしようと接近した途端、中学生の大きな体が一回転して床に叩きつけられた。まるで魔法でも見ているようだった。 投げられた当の中学生も、一瞬なにが起こったのか理解できず、キョトンとしていた。その顔がみるみる赤らんでくる。彼は起き上がると、一郎めがけて突進した。今度も大きな体が空中で一回転して、床に叩きつけられた。 3度目の接近のときは様子が違っていた。一郎が中学生の腕をつかんだ瞬間、中学生が悲鳴をあげた。どこをどうやったのか、春夫の目には分からなかった。ただ猛烈に痛いのか、中学生の顔に汗が滲み出て、ついには泣きだした。 そこでようやく道場主は、試合の終了を告げた。 後で知ったのだが、道場の一件は、親たちが派出所に集まったとき決まったようだ。中学生の親たちが平謝りしたとき、一郎の母親は言ったのだ。 将来ある若者たちを少年院送りにするのは、私としても心苦しい。でもそれでは私の息子の気持ちが収まらない。なにしろ中学生が卑怯にも3人がかりで、無抵抗の小学生に暴行を働いたのだ。そこで提案があります。息子が通っている道場の先生と相談した結果です――。 それが道場で試合が行われた理由だった。 そのときから春夫は、一郎にある種、尊敬の念を抱くようになった。改めて見ると、勉強ができてもそれを鼻に掛けず、誰に対しても正々堂々とものを言う一郎は、もう立派な大人に見えた。 気のせいか一件以来、一郎は春夫によく話しかけるようになった。あるいは前からそうだったのだろうか。 もはや春夫はクラス仲間たちに、変わり者の一郎と仲が良い、と思われることも気にならなくなった。 中学校にあがってから、一郎は水泳教室に通いだした。将来はオリンピック選手になるという。春夫も誘われたが断った。彼はスポーツが苦手だった。 中学3年生になったある日、一郎の部屋を訪れたときは仰天した。 部屋の隅にイーゼルがあり、一枚の絵が立てかけられていた。露天風呂から上がろうとする、お爺さんの裸絵だった。 それを見て、なぜかドキドキした。股間の濡れた陰毛、その先から垂れ下がるおチンチン。湯に濡れて、雫が垂れていた。 裸のお爺さんがモデルになり、その前で絵筆をにぎる一郎。その光景が脳裏に浮かんで、すごく興奮した。てんぱったズボンの前を隠すのに苦労した。 受験シーズンに入り、一郎が受験する高校は春夫にとってハードルが高かった。それでも一年間猛勉強した苦労が報われて、二人仲良く合格した。 コンサートに行ったときだった。一郎は出演した2人組のバンドに感激した。 「ハル、俺は歌手になるぞ」 次の日から一郎はギター教室に通いだした。 春夫もつき合ったが、このとき初めて、一郎より優位に立つことができた。彼は小さいときからピアノを習っていて、音楽的素養があった。我流だが、ギターも中学時代から弾いていたのだ。 そのうち二人で組んで、ギター弾き語りの演奏を始めた。少しうまくなってくると、一郎が提案した。 「ハル、音楽コンクールに出るには芸名が必要だ。ザ・リューセンズはどうだ?」 「ええっ、コンクールに出るの?」 春夫は驚いたが、言い出したらきかない相手の性格を思い出した。 「なんか竜泉ズってダサいな。二人でやるんだから、デュオ何何としたほうが良いんじゃない」 一郎は少し考えて言った。 「よし、デュオアポロンだ。それで決まり!」 春夫は、なぜアポロンなのか理由が分からなかったが、それは後日知った。 音楽コンクールに出て、司会者にネームの由来を聞かれたとき、一郎はのうのうと言ったのだ。 「ギリシャ神話に出てくる太陽神アポロンに因みました。アポロンは詩と音楽を司る、美青年の神ですから」 大学は別々の学校だったので、一郎とは疎遠になった。自宅から学校に通う春夫に対して、一郎はアパートを借りて親と別居していた。 一度だけ一郎のアパートに行ったことがある。そのとき一郎が、男の尻に入れたことがある、と言った。相手は合気道の先生だった。 春夫は、自分が女より男に関心があることをひた隠しにしていたので、内心嬉しかったが、一方で、違うなあ、と思った。 一郎が求めるのは肉体的快楽だけ。対して自分は、もっと精神的なものを求めていた。だからそのときは、自分の本心を話さなかった。 社会人になってから、一郎とはますます疎遠になっていた。春夫は、下谷にある親の楽器店で働いていたし、一郎は大手の企業に就職して地元を離れていた。 たまに会うのは中学校や高校の同窓会くらいだった。 春夫は30歳のとき、大いなる苦痛を伴う関門をくぐり抜けて、男同士の秘密の世界に入り込んだ。そしてときどき、一郎に思いを馳せた。 イッちゃん、結婚して子供もできたって聞いたけど、まだ男ともつき合っているのかなあ――。 |
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24/06/22 07:32 神亀
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