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(2)ディック探偵社

朝、目覚めるとサイドテーブルの置時計を見た。6時ちょうど。
よし、今日も快調!
前日何があろうと、翌朝6時には目が覚める。長年の習性だ。
ベッドの横では、昨夜バーで引っ掛けた爺さんが、うつ伏せになってだらしなく寝ている。上布団がめくれて、白い尻が剥き出しだ。
有栖二郎はベッドから抜け出ると、老人の身体にずれた上布団を整えてやる。
まずトイレに行って、気持ち良く放尿した。次にキッチンに行き、ヤカンに水を入れてコンロにかける。それから洗面所で手早く髭を剃る。
さっぱりしたところで、キッチンのヤカンがピーッと音を立て始めた。
コーヒーを入れて新聞を読んでいると、ようやく爺さんがベッドから起き出してきた。上半身は肌着一枚、下はスッポンポンの姿だ。萎びた性器がダランと垂れ下がっている。
「お早う」
二郎が声をかけると、老人は裸の尻を掻きながら、ぼそっと言う。
「尻が痛い」
そしてトイレに向かいながらぼやく。「ジローちゃん、激しいんだから。少しは年寄りをいたわれよ」
二郎はニヤリとして衣服を整えると、出かける用意をした。

ディック探偵社は鶯谷駅から歩いて行ける。言問通りから一筋入ったところで、狭い間口の7階建ビルの4階にある。
社名の書かれた型ガラスのドアで区画されたオフィスは、何となく胡散臭い雰囲気がある。そして中で働く男たちも、何となく得体が知れない。
所長の有栖二郎は66歳、中肉中背で髪は白いものが目立ち始めている。日焼けした顔立ちや太くて長い鼻筋が、精力絶倫の覇気をにじませている。
パートナーの国広泰平は同い年、ずんぐりむっくりした体型をしている。頭頂部まで禿げた額や短い眉毛と小さな瞳、上向きの団子鼻――小ずるい性格に反して人の良い田舎の親父といった印象がある。
ほかに事務をやる老人がいる。山家昌輔、82歳。二郎と泰平にとっては、高校時代の恩師である。
山家はちょっとした経緯で、教え子の泰平と同棲するようになり、その縁で二人の仕事を手伝っている。小柄な体になめらかな小顔、まどろむような小さい瞳が老いた天使のような優しさをたたえている。
ディック探偵社の命名は、この元教師である。ディックはチ〇ポという意味であるが、教え子たちと温泉風呂に入ったとき、閃いたと言う。老人は、ディックの他の意味――人をだますとかペテンにかける――も知っていたが、もちろん二人には黙っている。
もう一人、こちらは従業員ではないが、遊びがてらに事務所を訪れる老人がいる。大石昇、82歳。元大学教授で電子工学の専門家である。山家とは大学同窓生にあたる。知的で穏やかな紳士だが、悪戯好きで、発明家でもある。

「――無理やりオカマを掘られて、それをネタに脅迫されているんです」
その男は事務所にやってきて、5分ほどウジウジしていたが、やっと決心がついたように話し始めた。
有栖二郎は相棒の国広泰平にチラリと目配せして、男に訊いた。
「オカマを掘られたのは初めて?」
「勿論です!」
思わず声を上げて、男は自分に驚いたように声を落とした。「私はそんな趣味はありません。無理矢理やられたんです」
「なんで警察に行かなかったの?」
「こんなこと、恥ずかしくて――とても警察なんか行けません」
二郎は長い話になりそうだと思い、椅子の背に体をあずけ、腹の上で両手を組み合わせた。そして冷静な口調で言った。
「じゃあ、最初から順を追って話してください。私たちがあなたのお役に立てるのかどうか、話を聞いてから判断します」



大園尚(タカシ)と名乗る男は、何の予約も無しに事務所に入ってきた。
背は低いがバランスのとれた体つきをしている。年の頃は60代前半と思えた。男の甘さを含んだ顔立ちは、整髪されたロマンスグレーの頭髪によって、いっそう洗練されてみえる。
白のカッターシャツに紺のストライブ柄のネクタイ、上下揃いのすっきりとした濃茶のスーツを着こなして、いかにも金持ち好みの渋い風采だ。
そしていま、二重まぶたの黒目勝ちの瞳が、控えめに事務所の様子を窺いながら訥々と話し出した。その話しぶりから推察するに、几帳面かつ気真面目な性格のようだ。
――浅草寺に行ったとき、背の低い中年男に声をかけられました。その男は若い頃、私の父親に大変世話になったと言います。近くの喫茶店でお茶でも、と誘われたとき、悪い男ではないと思ったので受けました。そしてコーヒーを飲みながら話をしている途中で眠くなってきました。
男に支えられながら店を出て、車に乗せられた後は覚えていません。
目が覚めたら見知らぬ部屋にいました。私に声をかけてきた中年男の他に若い男がいて、無理やり私を裸にしました。
その後は、思い出すのもゾッとします。中年男のイチモツをしゃぶらされ、そのあとオカマを掘られました。その間、若い男は手出ししないで一部始終をビデオカメラで映し続けていました。そして2日後、差出人不明の封筒が自宅に届き、中には恥ずかしい写真が2枚とメモが添えられていました――。

ひと通り話すと、大園はポケットから折り畳んだ紙を取り出した。
「これが送られてきたメモです」
二郎が受け取って、紙を開いた。
鉛筆を使ってへたくそな文字が書かれていた。誤字脱字もある。
――この前は良かたよ。気念のビデオは変集中だから、とりあえず写真を送る。お返し100万円ほどほしいな――
「なんだこれは。子供が書いたのか」
二郎のつぶやきに、すぐ大園が反応した。
「私もそう思いました。でも、私を犯したのはれっきとした大人ですし、写真も本物です。これからも恐喝は続くと思います」
「確かにね。100万円欲しいとは書いているが、具体的な金の受け渡し方法については書いていないな」横から泰平が口出しした。
大園がだいぶ落ち着いた様子なので、二郎は核心に触れた。
「あなたを襲った男たちの特徴を、教えてください」
「ええっと、中年男は50前後くらい――中肉で、背は私よりちょっと低めでした。顔つきは人の良さそうな感じでドングリ眼でした。――それから、若い男はあまり記憶にありません。年は20代、背は高いほうだったと思います」
「男たちは、お互いを呼んだりしていませんでしたか?つい、うっかり、名前を呼ぶとか――」と二郎が訊いた。
大園が驚いたように、二郎の顔を見た。
「一度だけ、ありました。若い男が中年男に『ワタルさん』と呼びました」

泰平が訊いた。
「で、どのくらいの大きさでした?」
「はい?」と大園。
「チ○ポの大きさですよ」
「おい、そんなの関係ないだろう」
二郎が余計なことを言うな、というように泰平をにらんだ。
それに構わず、泰平は客に向かって質問を繰り返した。
「男を探す手掛かりなら、どんな些細なことでも知っておきたい。で、どのくらいの大きさでした」
「どのくらいって――」
大園はぼんやりと考えていたが、事務机の上に放置された、ビールの小瓶を指さして、活気づいた。「ああ、あれっ。あのビン位の大きさでした。――色も似ています」
泰平が、嘘だろう、と言うように目をむいたが、冷静につづけた。
「で、嵌める前に、浣腸かなにかされましたか?」
ずけずけと質問する泰平に、二郎があきらめ顔で黙っている。
大園は頬を赤らめて、もじもじとしていたが、恥ずかしそうに言った。
「ボールに管がついてるようなもので――湯を注がれました――何度も」
「シリンジだな」
ふとつぶやいて、二郎は、初老男の顔に浮かんだ怪訝そうな表情に「直腸洗浄器のことです。と言うことは、オカマを掘ることに慣れた奴だな。それで、連れ込まれた所は分かりますか」と訊いた。
「それが、浅草寺からそう遠くないと思いますが――。意識がなかったですし、帰る時は夜になっていて――目隠しをされたまま車に乗せられて、路地をグルグル回ったあと、浅草寺の近くで降ろされました」
「連れ込まれた部屋の様子はどうでした?」
「ダブルベッドがひとつある、古ぼけた部屋でした。それにバストイレ付き。
――そういえば、壁に浮世絵が掛けられていました」
「アレをやってるエッチなやつ?」
「ええ。男と女ではなく、旦那と若衆が――」
それを聞いて、二郎は大きく頷いた。

依頼人が帰ったあと、二郎は泰平に言った。
「大園が連れ込まれたホテルは、浅草のウタマロだ」
「ジローさん、なんで分かったんだ?」
泰平は訊いたが、答えは分かっているという顔つきだ。
「ああ、あの辺りで男色浮世絵を飾ったホテルといえば、ウタマロしかない」
泰平はうなずいた。
(やはりな。ジローさんも男を連れて利用したことがあるんだ)と思ったが、口に出しては言わなかった。代わりに訊いた。
「ふーん、だから依頼を受けたの」
「ああ、面白そうじゃないか。それにあの大園という男、なかなか可愛らしい尻をしていた。ビールの小瓶ほどのモノを受け入れたんだ。ウケの素質は充分ありそうだ」
泰平はあきれ返った。
「依頼を受けた理由は、そちらのほうなの!」

ディック探偵社は看板に、よろず相談うけたまわり、とあるように受ける仕事に制限はない。この種の仕事に多い、夫婦間の浮気調査はもちろんのこと、いなくなった猫探しから、家のルーツ調べ、もめ事の調停、とさまざまな仕事も受けていた。
これは多分に所長である二郎の考えで、とにかく困っている人の助けになろう、という大方針があった。
しかし、一見高邁な精神に見えるが、かなり悪質なこともやっていた。相手が金持ちであれば、決して安いと言えない報酬を要求している。それに二郎が男好きであることから、依頼人がちょいと可愛らしい男性であったなら、なんとか仕事の余得で相手を篭絡しようとしたりする。

いっぽう泰平はと言えば、仕事は遊び半分である。彼の熱意はすべて恩師の山家に注がれている。正確には師の肉体――とくに可愛らしいお尻に対してである。セックスは決して上手なほうではなかったが、意識は四六時中、先生と結合することに向けられていた。
それに対し、山家昌輔のほうはどうなのか。82歳と66歳、年の差16の精力差は埋めようがない。まして泰平は性欲過多の男である。
その点、山家はしたたかである。彼はしつこく求めてくる泰平を、適当にあしらっている。と言うよりも、一本気の教え子を手玉に取っている、と言った表現が当たっているだろう。
「あ、タイヘー、今夜は駄目。最近、痔になりそうなんだ」
「ええっ、センセー、痔なんてなかったじゃない」
「だから、無理してるとこれからなるんだよ。――それよりタイヘー、入れることばっかり考えずに、たまには私にサービスしろよ」
「なに、サービスって」
「ストリップショーをやってくれ。私はタイヘーの裸を見るのが大好きなんだ。とくにむちっとしたお尻がね」

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24/06/16 05:18 神亀

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