爺さんの男色のめぐり逢い

Q.1 貴方の男色への切っ掛けをお教えてください。
昔はなどと言い出すと嫌われるかも知れませんが爺さんの男色ということでお許しを。
当時は男色という雅(?)な言葉は廃れて戦後の猥雑な時代を引きずりオカマと蔑視される風潮がありました。
流石に私は知りませんがタチンボのオカマが沢山いて社会問題も起こしていたとか。
オカマイコール女装した男というイメージで男に性を売る売春夫、同時に男の性行為を受ける男は皆オカマと一絡げにされていました。
オカマは女の代用品であって女を装うもの、それも一般通念でした。
私が小学校に通い始めた時赤線が廃止され、子供ですから気にもとめていませんでしたが恐らく公娼が認められ岡場所があったのですからその陰に陰間の伝統を継いだ男娼もいたはずです。
前述のように男同士の性愛は受けの男ばかりオカマ呼ばわりをされて蔑視されていて男に性行為を行う男のことは触れていません。
それでも脈々と男色は存在し、隠花植物のように隠れた密やかな行為として連綿と今の自由な時代に引き継いできました。
それにしても男に抱かれる男は女を装うもの、その刷り込みは強くて私は成人の前18の声を聞く前に男のものを差し込まれ初老の爺さまの慰みにされていましたから諸事箸の上げ下ろしから物腰仕草言葉使いまで女を厳しく躾けられました。
閨の用意、性事のお道具、桜紙なんてもう無いでしょうね。
オイルなんて無かったからなんと生卵です、生卵を溶いてそれも溶き過ぎると粘りを失うし不足すると手に取れない、それを枕元に置いてなんて馬鹿馬鹿しくて笑ってしまいます。
芋茎なんてものもありました、干した芋がらですそれを噛むと粘りのある汁になって、クリームもありましたが当時の化粧クリームは香料が強くて沁みるのですね。
後が汚れて大変でしたが生卵が一番でした、黄身を抜くと粘りが落ちるのですが黄身抜きでお願いしてました。
下履きはズロース、今のショーツのようにフィットするものじゃなくてブカブカのブルマー、生地も厚くてでも履き心地はよかった。
寝巻は浴衣ですから左前にして帯は前結び、しゅっと解かれて前を開けられ乳を吸われました。
浴衣は全部脱ぎません、浴衣をシーツ替わりで浴衣を汚しても布団は汚せないんです。
おしゃぶりはほとんでしなかったですね、フェラという行為は男女でも馴染がなかったから手で扱く指を絡めるという感じでした。
だから挿入は早かった、全て男のペースですから興がのったら入れてくる、体位はほとんど後背位、うつ伏せにさせて腰を使ってくる。
横臥位はありましたね、松葉崩しの変形かしらね、でもそれで体重を掛けられたら潰されて後背位、後背位でお情けを仕込まれてこちらは下腹に腰枕、尻を上向きに曝け出した形で出されてました。
そんなだから性の快楽は男のもので、男が満足したら終了。
なかにはそれで狂えた方もおられるのでしょうが私は駄目でした。
前戯でいかされることもありましたが私のもので褥や男の手を汚すのは恥ずかしいことで私から搾りださせたものを使って挿入することに気づかれるまでは男との性の営みに私の射精はありませんでした。
精神的な満足感はありましたからそんなものと思っていました。
男に抱かれて眠り、その夜に夢精をしていた、幸い厚地のズロースですから気づかれずにいました。
男が精を放出して体を離してくれると開けた浴衣を、挿入時は跳ね上げられて時には脱がされていますが掻き寄せるように前を合わせて帯を巻き着乱れた姿で男の後始末をします。
沸かしておいた湯に浸した手拭を絞り男の汗と精の残滓を拭き取ります。
裾が絡んでぎこちない動作に緩んだ菊門から漏れてしまうのものがあって慌てて窄めるとかがありました。
湯を使い背を流して前も洗う、太々しい男の物に指をからめるとシャボンの滑りで気持ちがよさそうにしています。
食事の支度、汚した浴衣の洗濯、男の越中は染みひとつないように念入りに洗い干す、越中の陰に木綿のズロースを隠すように干す。
思い返せば男に抱かれる男は大変でした。
男に要求される女らしさは外では微塵も見せれない、そういう緊張感も有りましたし何より人に知られたくない秘事でしたからねぇ。
今の時代、私はウケだと軽々しく言える時代、なんと言ったらよいのかです。


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