| Q.1 貴方の男色への切っ掛けをお教えてください。 |
| 日本語は美しい。 男色という表現には艶めいていながら毅然として凛とした響きがあります。 男を慕う男の真心を愛しみ思いを果たす、或いは男の迸る思いを受けて男を慕う情を濃くしていく、その交情の色模様を男色という言葉は滲ませています。 元々は神事、神官が聖なる行為で日の本の國だけの事じゃない。 ギリシャの彫像の多くに裸像が刻まれローマ文明も男色の歴史が刻まれています。 遠くアステカの以前にアンデスの地にも神事としての記録があり、ナスカの地にはそれを刻した遺跡も残されています。 密教の神秘の帳の奥では高僧に稚児僧、益荒男の武将にはお小姓と生死を共にするまでの激しい恋慕があって、元禄の成熟文化には陰間なる者まで現れています。 時を経て昭和、明治のキリスト教文明に盲従の時代の迫害を経て自由の風のなかで男色の復活。 片やではオカマからゲイボーイと珍奇好奇の目に晒されながらネオンの下に咲いた隠花植物の如くに蔓延り男宿・発展場と連綿と続いた流れ。そうした表層を織りなした流れ模様は太古の昔から変わらず、川の流れは渦を巻くこともあり淀むことも早瀬となることもありまさに 男色の色模様を残しながら流れ続けています。 私たちは昭和の色模様、激動の時代に棹をさし流れに翻弄されながらいつの間にやら淀みの淵、目まぐるしいネットの時代に周回遅れ、古色蒼然なれど熟れた手触りと阿吽の呼吸、思い出したように交情を重ね直して朝餉の白米とみそ汁に舌鼓を打つ。 セクフレと言われて?、少なくとも昭和の男色にそんな言葉は無かった。 確かに遊び人はいました、浮気者もいました、数多の男を咥え込んで男色を遊びにした輩もいました。 でもそういったことは表に出ない、全て秘め事で男色の色模様に溶け込んでいたように思えます。 さりとて時代は流れのように後戻りの無いものですから、はてさて男色の言葉すら残るのかどうか。 それにしても 男色 言葉の響きに色めいた艶やかさを感じます。 |