| Q.1 貴方の男色への切っ掛けをお教えてください。 |
| 私の男色への切っ掛けは、小五で擁護施設に預けられ、その施設の寮で中2の先輩に尻を犯されたことが切っ掛けです。 先輩に尻を犯されたのは私が小6の冬でした。まだ精通もしていない私は男になる前に女にされてしまったのです。 そんな体験以降の私の人生は悲惨なものになりました。 27歳で結婚したものの、男に尻を犯された過去を私の身体が 忘れられず、女房との生活も上手くいかず、結局半年で離婚することになりました。 離婚を境に私の生活は荒れました。どうせ男に犯された過去を忘れられないなら、とことん男に抱かれようと思い、男達が集まる発展サウナや旅館などに行き、見境なく男達に犯されるようになっていきました。そして受け身の悦びを身体中に教え込まれ、尻を犯されながら女のようにヨガリくようになっていきました。さらに発展場で知り合った男と同棲して、男の言うままに女ホルモンを服用して化粧を覚え、女装スナックで働き初めたのでした。 同棲していた男は私のヒモとなり、私は男に貢ぐためにポルノ映画館で客を取ることさえしました。 やがて同棲していた男とは別れたものの、私は更に堕ちて行きました。 日雇いの仕事で飯場を転々と渡り歩き、その飯場飯場で男達に尻を犯されていきました。そして私が58歳になり、思うように仕事が決まらず、私は切羽詰まっていました。そしてとうとう誰もが避けて通る、 タコ部屋と呼ばれる悪名高い飯場へ入ることを決断したのでした。 取り敢えず2週間の契約を結び、金を手にしたら辞めると自分に言い聞かせていました。 タコ部屋は相部屋となっており、私と同部屋の男は、この飯場の主の ような大柄の厳つい顔をしていました。 (初めまして、田口と言います。宜しくお願いします)顔合わせで私が挨拶すると男は私に鋭い視線を向け、(おう、宜しくなっ)とニャっと口元を緩め、(おう、新人。近付きの印に一緒に風呂でもどうだ)先輩にこのように誘われた場合、断れば後々ひどい仕打ちを 受ける習わしを知っている私は(はい、是非ご一緒させてください)と答えていました。タオルを手に大柄な男の後をつき風呂場に向かいながら男の名前が樋口だと教えられる。 そして脱衣場でお互い服を脱いだのだが、背中に視線を感じて私が振り返ると樋口の血走った目が私の全身を舐め回すように見つめていました。 (おう、新人。どうやらお前も世捨て人のようだなぁ)とにやりと笑う(ど、どうしてですか?)私が狼狽えて聞くと樋口は(おめぇの、その膨らんだパイオッや でけぇケッ見りゃ一目瞭然だぜっ)私は全てを見透かされていることにがく然とした。 樋口は更に言った。(まあ、ここにはいろんな男達が集まるからな、以前もお前のような男と相部屋になったが、ずいぶん楽しませてもらったぜっ)樋口はがっはっはっと笑いながら浴場へ入っていった。 その夜、素っ裸にされた私は樋口に組み敷かれ身体中を弄ばれながら尻を貫かれ朝方までヨガリ哭かされたのでした。 この日以降私は樋口の肉便器奴隷にされ、仕事終わりの風呂場では三助として樋口の身体中を洗い清め、部屋での酒宴では樋口に与えられた赤いブラジャーとTバックのパンティを身に着け、部屋に集まった同僚達に酒をお尺して回るようになっていきました。 いつしか酔いの回った男達に身体中を弄ばれながらフェラ奉仕して、その気になった男に尻を犯されるようになっていきました。もはや私の全身は飯場の男達の性処理肉便器となっていったのです。 初めてタコ部屋に来た時は2週間の契約でしたが、いつしか2年の時が過ぎていました。 そして飯場の男達は私の身体に飽きて誰も抱いてくれなくなりました。 そして飯場を辞めた私は、新たな男を求めて街を彷徨っているのです。 |