キネマ旬報の対談企画で、俺は淀川長治氏の名前を挙げた。そして先方が了承して、いよいよ対談が実現することとなったとき、初心な若造のようなときめきを覚えていた。
このときヨドチョーさんは78歳、日曜洋画劇場の収録を行うテレビ朝日の放送センターがある近くのホテル、全日空ホテルの34階に移り住んだ頃だった。
いっぽう俺は56歳、男としては少々盛りを過ぎたが、まだまだ性欲は衰えていない。
34歳の時、朝日新聞社の臨時特派員として戦時下のベトナムに行った。従軍して最前線に出向き、ゲリラの機銃掃射に遭って九死に一生を得た。このとき多くの死を目撃して、心に無数の傷を負った。その結果、快楽にのめり込むようになった。文筆活動そっちのけで、酒や美食、釣りの世界に浸り込んだのだ。
その間、海外で女を抱いたが、男も知った。女は若いが、男は老人ばかりだった。そんな交接の中で、人間を見る目を磨いた。そして、ヨドチョーさんにそのケがある(男好き)ことは、俺から見れば明白だったし、いつかはこの腕に抱いてみたいと思ってもいた。
言い忘れたが、俺の名前は開高健(かいこうたけし)、物書きをしている。俺は遅筆で、ある人が俺の名前を変読みして、(かいたかけん)つまり、書いた書けん、と引っ掛けたのが大いに気に入って、親しい友人たちには俺のことをケンちゃんと呼ばせている。
「ぼくは非常に淫乱な性分でね。誰でも見たら好きになっちゃう。一緒に、お風呂に入りたくなっちゃうんです」
「ウハッ!」
「その中で、一番好きなのがあんたのような顔なんです。まあるい顔でお地蔵さんのような顔。こういう顔の人は優しくて、大好き」
「なんかいっぺんに酔いが回ってきたような――」
「いい顔ね、あんた」
のっけからヨドチョーさんにパンチを食わされた。それでもキネマ旬報の対談なだけに、なんとか映画の話題に入ることができたが、その後も会話の端々に、ヨドチョーさんは、そのケがあるのを垣間見せた。
「――今のあなたの発音、やっぱり関西の方やね。どこですのん?」とヨドチョーさんは聞いてきた。
「大阪です」
「大阪でんな。だから大阪の匂いがしてね。もう、いっそう好きになりました。――あんたアメリカでもどこへ行っても、ヘミングウェイみたいやけど、きっと女の人にもてたでしょう」
「いやいや、たいした事ありません」
「なかなか色気があるのね」
「もう――なにをしゃべっていたのか、分からなくなってきた」
話の途中で、俺は言った。
「私、ニューヨークに行ったとき、秘密セックスクラブというのに入りまして」
「何クラブ?」
「秘密セックスクラブ」
「いやらしい。どんなことしますの、そこは?」
「大した事ないです。そういうクラブなんですけど、なぜか酒を売るライセンスを持ってないんです。ところがスコッチ印の紅茶はあるんです」
「はあ、おもしろいね。でも酒が好きな人、酒を止められたら、困るわね」
「それはあきませんな。テレビからCMを抜いたみたいになりますわ」
「だからホモも止められたら困るね。――あ、今のは冗談ですけど」とヨドチョーさんは、ちょっと恥ずかしそうに言い訳する。
話が黒澤明監督の「虎の尾を踏む男達」の中の、弁慶と義経のシーンに及んで――。
「――あれはジョン・フォードの映画の世界。いつもは泣かぬ弁慶が、ポロポロ泣くところが、何とも良くてなァ。ぼくはあの弁慶と義経、ホモだと思いますよ」
「えっ?」
俺はわざと驚いた表情を作った。
「嘘ですよ。今のは冗談です」
ヨドチョーさんは笑いでごまかしたが、俺は念を押すように言った。
「そういう事もあるかと思います。あらわに描いてないけど、あれはホモなんじゃないかと思われるような場面は、よくありますね」
「話変えましょう。違う話しましょう」とあわてて、ヨドチョーさんは言った。
「どうもそちらの方に興味がおありなのかと思っちゃったんですよ。私の偏見でした」
「いや、あなたの顔を見ていたら、そんな気になってきたの。ハイ、違う話をしましょう」ヨドチョーさんは言い訳めいて言う。
俺はそれを見て、可愛いと思った。
塩を肴に飲むテキーラの話題に移って――。
「――あ、そうですか。塩っておいしいの?」とヨドチョーさん。
「塩で舌を引き締める。で、酒が活きる」と俺。
「そうですか。それじゃあ、下のアソコも引き締まる?」
「――!」俺は思わず笑った。
「ハイハイ、冗談です。元へ戻しましょう」
「それは私、まだやった事ないですなァ。小説家は何でも一度はやらなきゃあいけませんけど、アソコに塩をつけたら、えらいことになるでしょうなァ。ペルーではコカインを塗るという話は聞きましたけど――」
1時間ほど経った。対談の締めくくりとして、俺は言った。
「淀川さんは人生の大半を暗闇の中で暮らしてきて、今日
[3]
次へ
[7]
TOP[*]
感想