読切小説
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義経と弁慶
熊笹の生い茂る山の斜面を、一気に駆け抜ける。
大地が背後に流れ去る。頬を撫でる、冷たい空気が気持ちいい。
樫の大木の森に入ると、高く跳躍した。
太い枝の上にすっくと立つと、まろは声をあげた。
「始めるぞ!」
返事は返ってこないが、無言の気合が伝わってくる。
朝の稽古の始まりだ。
まろは、直垂(ひたたれ)に裾絞りの小袴(こばかま)姿、足には高下駄を履いている。歯の高い下駄は均衡を保つのが難しいが、今やわが足のように馴染んでいる。
樫の棒を右手に持って、向かいの大木の枝めがけて跳躍する。
枝に着地すると、すかさず枝を蹴って反転し、そのままジグザグに跳躍を続ける。

空中でふと背後に気配を感じ、振り向かずに棒を振るう。
確かな手ごたえ――。
「ぎゃっ!」
悲鳴をあげて、カラス天狗が地面に落下する。
再び跳躍すると、今度は頭上に殺気を感じた。
とっさに頭をのけ反らせると、木刀が唸りをあげて通り過ぎる。翼を羽ばたかせて逃げようとする天狗の尻を、したたかに殴りつけた。
今度は足元からの闘気を感じた。下から突き上げてくる木刀を高下駄の歯で挟み、梃子の要領で捩じると、つられて回転する身体を棒で殴りつけた。
またたく間に三人のカラス天狗を地面に昏倒させた。皆、兄弟子格の天狗たちだ。以前は散々いたぶられたのに、今や楽に勝てるようになった。

まろの名前は牛若丸、鞍馬寺に預けられてからは遮那王と呼ばれている。見た目は幼いが、すでに十八歳になる。
そしてここは、京の北に位置する鞍馬の山中だ。鞍馬山は昔から山伏による山岳信仰の厚い地だ。また山の精霊である天狗たちも、数多く住みついている。その頂点に立つ大天狗は僧正坊と呼ばれ、天狗たちだけでなく人間たちにも崇められている。
まろはこの鞍馬山に住まう僧正坊に、いたく気に入られた。これまで、稚児として可愛がられる一方で、剣の修行も鍛えられた。

今日も、カラス天狗たちを相手に剣の修行を終えると、山奥に住む僧正坊のもとに挨拶に行った。
「遮那、あまりカラスどもをいたぶるでないぞ」
僧正坊は開口一番、言った。
「はあ、何のことでございましょうか?まろは、剣の修行をしたまでのこと」
「とぼけおって。ちっとは手加減しろ。近頃、カラスどもの生傷が絶えんわ」
言ったあと、僧正坊はまろを睨みつけた。
背中に羽根をもち、鼻が高く、長いひげをたくわえた仙人のような姿である。薄暗い堂で見ると、護法魔王尊像のようにも見える。兄弟子たちは僧正坊に睨まれれば、すくみあがってしまうが、まろは平気である。見かけの怖さに関わらず、僧正坊の愛情の深さをよく理解しているからだ。
上目遣いで甘えるように見ると、僧正坊はフフフと笑った。
「応えぬ奴め。よし、尻を出せ」

僧正坊に会ったときの、いつもの儀式である。
直垂はそのままに、小袴を脱ぎ、下帯を解くと、こちらを見ている僧正坊のほうに、にじり寄る。
胡坐を組んだ僧正坊の仄暗い股座から、筋張った巨根が天を突いている。大天狗だから、人間離れしているのは当然だが、長いひげの仙人顔なだけに、奇妙な光景である。
後ろ向きに、おずおずと跨った。
最初のときは、とても納めきれないと思った。これまで相手をした鞍馬寺の修行僧の誰よりも、ひときわ大きいマラだったからだ。
しかし、山の精霊だけに、僧正坊は不思議な技をもっていた。まろの小さな尻穴は、まるで巨大なマラのためにあつらえたように、すっぽりと全長を納める。しかも痛みなど全然感じない。それよりも、えも言われぬ気持ち良さに、陶然とする。
それはまろの体内で、ドクンドクンと命の脈動を伝えてくる。それが緩やかに動き出したとき、経験したことのないような快感が襲ってきた。まろは気が触れたように善がり声をあげ、最後には失神していた。

僧正坊の巨大なマラを受け入れた功徳は、他にもあった。
まろは小柄で、女のようにしなやかな身体つきをしている。それでも、カラス天狗を相手に修行を積み重ねて、普通なら筋肉が身につくはずだが、外見には、これまでと何の変化もなかった。
これは、僧正坊の精を受けることによって、特異な体質になったからだ。
見た目はひ弱い身体つきだが、常人の何倍もの瞬発力が身についていた。
ただし――マラだけは見た目にも大きく成長した。大きさだけではない、精もとびっきり強くなった。
喜んだのは鞍馬寺の阿闍梨である。阿闍梨は夜毎、まろを閨に呼び寄せ、それこそ初心な生娘のように善がり泣いた。

山から下りて鞍馬寺の山門をくぐり抜ける。
堂内の荘厳な雰囲気に触れると、いつも児灌頂(ちごかんじょう)儀式を思い出す。
身体を清められ、香油を塗りこめられ、荘厳な雰囲気と読経のなかで、暗闇に身を横たえる。この儀式を受けることによって、稚児は観音菩薩の化身となる。
後で内情を知った。なんのことはない、この児灌頂儀式はまだ剃髪していない修行僧を、僧侶どもの慰めの対象にする儀式だったのだ。
観音菩薩の化身、つまりこの世に無い至高の者となるので、それを崇拝し、交わることはかまわないということなのだ。
この儀式のあと、大人の修行僧たちにさんざん弄ばれた。あのときの驚きと苦痛と屈辱は、いまやすっかり薄れている。
じつは、この児灌頂儀式は、すべての稚児が受けるわけではない。
稚児にもその出自によって、上中下の三段階があり、このうち、中と下が灌頂の対象となるのだ。
皇族や上位貴族の子弟が行儀見習いなどで寺に預けられるのは、上稚児である。
まろの父は河内源氏の源義朝であるが、平治の乱で負け戦をして死んだ。だから、中稚児扱いされたのだ。

「遮那、お主(しゅ)さまが探されていたぞ」
まろに気づいた兄弟子が、誘いをかけるような目つきで言った。まろの尻の味が、まだ忘れられないようだ。
お主さまとは、鞍馬寺の最高責任者、阿闍梨のことである。まろはこの阿闍梨に寵されたおかげで、大人の僧たちの輪姦(まわし)から逃れることができたのだ。
阿闍梨は御年、七十二歳になる。幼い身体つきながら、ふてぶてしい大人の持ち物をしたまろが、いたく気に入られている。
「おお、遮那王、戻ったか。近う寄れ」
「はい、お主さま。まろをお呼びとか」
近づくと、阿闍梨は鼻を引くつかせて、眉をひそめた。
「汗臭い。おまえ、また山に行ったな。湯浴みして来い」
阿闍梨は、僧正坊とは正反対のことを言う。僧正坊なら、汗の匂いは人間臭くて、そそられると言う。

身体を清めてふたたび寝所にいくと、阿闍梨は床にうつぶせに寝ている。
「遮那王、湯浴みが済んだか。早う、尻に入れてくれ」
「お主さま、まだ夕餉の前でござります」
「お前の顔を見ると欲しくなった。つべこべ言わずに、早う入れろ」
仕方なく阿闍梨の衣をまくり上げると、尊い尻を剥き出しにした。阿闍梨はでっぷりと肥っている。腹も尻も満々たる肉が詰まっている。尻肉をかき分けると、かすかに香油の匂いがした。前もって塗りこめていたのだろう。
「お主さま、ヘノコを入れまする」
ひと言断って、当てがい、押し入れる。ズグズグとなんなく奥まで呑み込まれる。
「おおっ、入ってくる!いい――いいぞ」
阿闍梨が嬌声をあげる。いつもは威厳に満ちた高僧の別の顔である。
大天狗の精を受けた日は、格別に力が湧く。まろは無尽蔵の精力を覚えながら、阿闍梨の尊い尻を思いきり犯しだした。

その男の噂を聞いたのは、京の町に出たときだった。
名は武蔵坊弁慶、怪力無双の荒法師で、夜な夜な通りがかりの武者に決闘を挑み、勝てば相手の刀を奪うと言う。どうやら千本の刀を目標にしているらしい。
(これは面白い。ちょいと相手をしてやるか)
まろは話を聞いて、ほくそ笑んだ。カラス天狗たちを相手に修行した成果を、別の人間で試してみたかったところだ。

その夜、ある貴族から譲り受けた名刀を腰に、女の着る壺装束姿で京の通りを歩いた。
頭には市女笠 を被っている。笠の周囲には、麻の布を垂らしているので、こちらの顔はよく見えなくても、外の景色はよく分かる。
雲ひとつない月夜だった。すべてがくっきりとしていた。
五条の大橋に差し掛かったとき、橋の中央に小山のような大男が突っ立っていた。修行僧の姿をして、片手には大薙刀を地に突き立てている。
(ふむ、出たな)
まろはすたすたと、大男に向けて歩み寄った。

先に声をかけたのは、大男の方だった。
「まてっ、娘っこ!腰に差しているのは刀のようだな。何者だ!」
まろは臆せず静かに返した。
「それを言うなら、まずおのれから名乗るのが礼儀であろう」
女と思っていたら、思わぬ男の声に、大男は一瞬身構えたが、素直に答えた。
「われは武蔵坊弁慶だ。京の腰抜け武者から、千本の刀を奪うと心に誓っている」
まろは市女笠を脱ぐと、礼を返した。
「それは感心。まろは源義朝が一子、源九郎牛若丸」
「ふん、元服前のひよっこか。腰に差しているのは見事な太刀のようだな。ちょうど千本目にふさわしい。だが、お前のような若輩者を斬るのはしのびない。黙って刀を置いていけば、見逃してやる」
「生憎この太刀は、さる高貴な方から頂いた大事なものだ。大人しく渡す気はない」
まろは言うなり、大男にスッとすり寄って、鳩尾に刀の柄を突き入れた。
「ぐっ――」
さすがの弁慶も、不意を突かれて大きな身体を二つに折った。
立ち直った弁慶の顔が、仁王のように赤らんでくる。
「おのれ小童!甘い顔をしたらいい気になりおって。二つにしてくれる!」
言うなり大薙刀を大上段に振りかぶって、凄まじい勢いで振り下ろした。
哀れ小童は頭の天辺から股座にかけて真っ二つ、と思いきや、煙のように消えていた。
ついで弁慶の頭の上に、何かがガツンと落ちてきた。
なんと小童が、頭の上に乗っているのだ。これほどの屈辱はない。
「おのれっ!おのれっ!」
弁慶は力に任せて大薙刀を振り回したが、相手は燕のようにスイスイと飛び回る。
二人の戦いは夜半に及んだ。

「参った!」
とうとう弁慶はへたりこんだ。大きい身体だけに、疲労も大きい。
「どうか若の家来にしていただきたい」
弁慶は大きな身体を屈めて土下座すると、まろの片足をおのが頭の上に乗せた。自ら屈辱的な姿になることで、従順の意を示したのだ。
見た目は怖いが、意外と純情な男のようだ。大天狗の僧正坊で慣れているので、熊のような武蔵坊が可愛いと思った。まろは願いを受け入れた。
「そこまで言うなら、今宵、主従の契りを結ぼうぞ」

その夜、弁慶を四つん這いの獣のかたちにして、背後から犯した。大きな尻をしているわりには、慎ましい尻穴だった。なにしろカマを掘ることはあっても、掘られるのは初めてだと言う。
満々に膨れ上がったマラをあてがい、じんわりと埋め込んでいく。
「ああっ、若!ゆっくり――ゆっくりと入れて――」
熊のように大きな身体にしては、情けない声を出す。
まろはゆったりと腰をうねらせながら、声をかけた。
「うむ、締まりがいいのう。阿闍梨とは大違いだ」
「うっ、くくく――あ、あじゃりとは?――うわっ!あ、あ、あ――」
弁慶は床に顔を押し付けて、必死に耐えている。
その耐える姿が、まろの獣欲を燃え上がらせる。あとは欲望のおもむくまま、大腰小腰で攻め立てた。

鞍馬寺の阿闍梨が、そろそろ剃髪して僧になれと迫ったとき、まろはそれを拒否して鞍馬寺を出奔した。
そして桃の節句、鏡の宿に泊まったとき、弁慶の立会いのもと、元服して源義経と名乗ることにした。
このとき、弁慶はまろに聞いた。
「若、このあとどこに行かれますか?」
それは最初から決めてあった。まろは迷わず答えた。
「奥州平泉に下る。鎮守府将軍の藤原秀衡氏を訪ねる。この太刀をまろに譲ってくれたお方だ」
秀衡氏が鞍馬寺に寄ったとき、一夜の閨を共にした。そのとき秀衡氏は、まろがいたく気に入って、何かあったら是非、平泉を訪ねてくれと言った。その言葉に甘えるのだ。
大天狗の僧正坊と別れるのは辛かったが、代わりに武蔵坊弁慶がいる。弁慶は、その大きな身体と男らしい気性から、大船に乗ったような安らぎを与えてくれる。
それに僧正坊にひけをとらない大きなマラの持ち主だ。元服した今、それを試してみようと思った。
まろは弁慶に向かって、おもむろに尋ねた。
「武蔵坊、まろが欲しいか?」


21/07/08 15:41更新 / サンタ

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