(四)
東京に戻ったわたしは、さっそく大人のおもちゃを通販で買い求めて、日夜、アナルセックスのための準備に励みました。
旅行の縁で知り合った室井さんは、同じ関東に住んでいたので、ときどきわたしの家にやってきて、いろいろと実践指導をしてくださいました。
小サイズのディルドから中サイズのディルドへと、じょじょに大きさを変えながら試していますと、その行為自体に、快感を覚えるようになりました。
ディルドが括約筋を押し広げて、直腸内をズルリズルリと行き来する感触は、未知の感覚を呼び覚まします。
ある日、室井さんがやってきて、わたしは初めてアナルセックスを経験しました。
それは不思議な感覚でした。痛みはありませんが、肛門が押し開かれていくのがわかります。奥に挿入されるとき、お腹の中の空気が圧縮されるような息苦しさ。それでいて、男根が体内を行き来しだすと、快感がじんわりと湧き上がってきます。
すっかり終わった後、室井さんは言いました。
「すごく良かったですよ。やはりあなたは、ウケの素質があります。でもわたしのモノは小さいし、もう完全には勃起しません。だから、もっと広げなくちゃ、他の男性のお相手はできませんよ」
その後も毎晩、ディルドを使いました。
人間の体は不思議なものです。最初の頃は小さいディルドでも苦しかったのが、いまや直径4センチのディルドも、すんなりと収めることが出来ます。
わたしと室井さんは、2週に一度くらいの頻度で会って、肌を合わせました。
でも、室井さんに対しては、愛情は覚えても、恋人のようなときめきは感じません。それに、室井さんは精力がさほど強くなく、アナルセックスまでするのは限られていて、むしろわたしがタチ役になるほうが多いのです。
6月の株主総会後、わたしは予定通り長年勤めた会社を退職しました。これからはすべてが自由になったのです。
そして7月に入って、高島紳一さんが日本に戻って参りました。
そのことは室井さんからの電話で知りました。そのとき彼は言いました。今度、高島さんの郷里、神戸に行くことになった、あなたも行きませんか、と。
高島さんと室井さんの関係を考えると、わたしは邪魔者のような気がしましたが、高島さんに対する懐かしさもあって、オーケイを出しました。
それから1週間後、わたしたちは新幹線に乗っていました。
向かいの席には高島さんと室井さんが、仲良く並んで腰掛けています。
ふたりはヨーロッパの時よりも、親密になったようです。幸せそうに微笑みあったり、そっと手を握り合ったりしています。
そんなふたりの姿に、わたしは複雑な心境でした。少なくともこの2か月余り、わたしと室井さんは親密な肉体関係を結んできました。その室井さんが、年下の高島さんにすっかりのぼせているのを見るのは、なんとなく寂しい思いがしました。
しかし、新幹線が新神戸駅に着いたとき、わたしの思いは吹っ飛びました。
駅の改札口に、長身の老人が待っていました。わたしより10歳近く年長、きれいな白髪で、まるで30年後の高島紳一さんを見ているようでした。
健康的に日焼けした面長の顔の中で、澄んだ瞳が、これ以上ないほど優しげに、こちらを見ています。
目尻の小じわさえもが魅力的に思える、素敵な老人でした。
そしてわたしは、運命の出会いを感じたのでございます。
紳一さんは、親子の対面を目配せひとつで済ませると、簡潔にわたしたちを紹介しました。
老人は、わたしに向かって白い歯並びを見せ、手を差し出しました。
「やあ、あなたとは名前が同じですね。わたしも一郎です。これも何かの縁だ、よろしく」
落ち着いた声で爽やかに言いました。
彼の声を聞いていて、わたしはうっとりとしました。安らぎと信頼感を与えるような、そして妙に郷愁を誘う声でした。
一郎さんの大きな手は、暖かく乾燥していました。わたしは握手をしながら、心地よい快感が、身内に沸き立つのを感じていました。
駅の駐車場に行くと、白い屋根と赤のボディーカラーに黒のラインが入った、ミニクーパがありました。
「車内が狭くて窮屈でしょうが、我慢してください」
一郎さんはドアを開けて、運転席のシートを前に倒しながら、言いました。それからわたしを、運転席側から後部座席に誘導してくれました。
「頭に気を付けて――」
そのとき、一郎さんの大きな手が、わたしのお尻をサワッと撫でたのでございます。
快感がお尻から脳天にかけて、ズンッと駆け抜けました。わたしは思わず声を上げそうになるのを、かろうじて抑えました。
そのあと一郎さんの運転する車で、六甲山の麓にある家に行く間、わたしは肌のあわ立つ余韻に震えておりました。
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