(三)

(三)



その夜を境に、わたしの人生観は一変しました。
親子愛か師弟愛、あるいは友情だけが、男同士の愛情だと思っていたのですが、性愛もあるということを知ったのです。
冷静になって振り返れば、おもわず顔の赤らむような恥ずかしい行為をしたと思いますが、嫌悪感はまったくございません。でも後で知りました。わたしたちの行為は、まだほんの序の口だったということを――。

次の訪問地、フランスのホテルに泊まった夜のことでした。イギリスで、室井さんと男色初体験をしたわたしは、その夜も同じベッドで寝ることを、なんとなく楽しみにしていました。
ところが室井さんは、風呂から上がると服を着替えて、ちょっと用事があるからと部屋を出ていったのです。しかも真夜中を過ぎても、戻ってきません。わたしは待ちくたびれて、眠ってしまいました。

翌朝、目を覚ましますと、いつ戻ったのか、隣のベッドに室井さんが寝ていました。昨夜はよほど遅かったらしく、朝食のために揺り動かして、ようやく目を覚ます始末です。
その日は一日中、室井さんは上機嫌でした。
ルーブル美術館で名画の数々を観ているときも、ヴェルサイユ宮殿の庭園を歩いているときも、ときどき思い出したように笑みを浮かべています。
昨夜は、よほど良いことがあったのでしょう。
その内、気づきました。室井さんが高島さんに付きまとうのはいつものことですが、ふたりのちょっとした仕草や目配せに、いつもと違うものを感じたのです。――秘密を共有する、親密さのような何かを。

その夜、室井さんはわたしに告白しました――昨夜、高島さんと愛を交わしたと。
半ば予期していたので、わたしはさほど驚きませんでした。ただ気に掛かったのは、完全に結ばれたということを、室井さんが強調したことです。
(完全に結ばれたとは何だろう?)
わたしの疑問に応えて、彼は説明しました。
完全に結ばれたとは、アナルセックスまでやったということ。これは一朝一夕には出来ない。初心者のうちは、ひどい苦痛が伴う。でもいったん慣れれば、気の遠くなるような深い快感が得られる。そんなことを、室井さんは淡々と話しました。

いよいよ最後の訪問地、イタリアに入りました。わたしたちは3日かけて、北のミラノからローマまで南下しました。
その中間地、フィレンツェの街を観光しているときでした。
ダークスーツに身を包んだ白髪の紳士が、高島さんに声をかけました。ふたりは旧来の友のように、イタリア語で短い会話を交わし、チャオと言って別れました。
そして、その夜、高島さんがいそいそとした様子で、ホテルから出ていく姿を目にしました。ひょっとしたら、昼間会った紳士のところに行くのでしょうか。
間の悪いことに、室井さんもわたしの横にいました。彼が不機嫌になったのは、言うまでもございません。
しかし、どうやら室井さんと高島さんは、仲直りしたようです。
今回の旅行の最後の観光地、ローマに宿泊した夜、室井さんは部屋に戻ってきませんでした。彼が高島さんの部屋に行ったのは、明らかです。

わたしは自分の心の動きを、冷静に分析してみました。室井さんと高島さんの関係に、嫉妬する気持ちはありません。わたし自身、若い高島さんに魅力を感じていますが、不思議なことに、高島さんに対して性愛的な感情は湧いてこなかったのです。
その原因も思い当たります。
子供の頃、父を早くに亡くしたわたしは、お祖父ちゃん子でした。祖父の大きな胸に抱かれたり、添い寝をしてくれたり、祖父の体温と匂いを今もって感じることがあります。そんなことからわたしは、祖父の年代の男性に、甘えに近い愛情を覚えるのです。
いわゆるわたしは、室井さん言うところのフケ専なのでしょう。

――◇――

日本に戻る飛行機の中で、わたしは物思いに沈んでおりました。
頭の中は、男色のことで一杯でした。今回の旅行中、室井さんと一度だけ男色行為をしましたが、そのときの興奮が忘れられません。しかも彼は、アナルセックスはもっと素晴らしいと言うのです。
(はたして、自分に出来るのだろうか?)
ふと、室井さんと高島さんが裸になって、ベッドで絡み合う光景が浮かんできましたが、高島さんの裸体は曖昧で、はっきりとしたイメージが浮かんでこないのです。

そのとき、横の席にいる室井さんが、声をかけてきました。
「何を考えているのですか?」
わたしは動揺しましたが、なにくわぬ顔で言いました。
「特に何も――そういえば、高島さんとはどうなりましたか?ずいぶん、ご執心のご様子でしたが」
「ハハハ、逆襲されましたか」
室井さんはあっけらかんと笑って、声を潜めて言いました。「高島さんは7月に、日本に戻るそうです。そのとき、じっくりとお付き合いしますよ」
彼はウインクして、いっそう声を落として言いました。「いいです
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