(一)
毎年6月頃になると、ザクロの木が鮮やかな朱色の花を咲かせます。
――万緑叢中紅一点――と詠まれましたように、緑の中でよく目立ちます。
そしてわたしにとっては、特別の人と出逢った思い出につながる花でございます。
わたしの名前は福井一郎、親しい友人たちからは、イッちゃんと呼ばれています。
現在のボディーサイズは、160cm70kg――典型的な豆狸の体型をしております。
白髪の目立つ頭と丸顔、薄い眉毛と小さな瞳、こぢんまりとした鼻と口――生前の女房はわたしを形容して、可愛らしい親父天使と申しておりましたが、口の悪い社員は、とっちゃん坊やと陰口を叩いております。
まあ、お世辞にも男らしいとは言えない風采でございますが、天は見捨てず、職場では上司に恵まれて、重役にまでなることができました。
今思い起こしますと、わたしにとって60歳は、還暦を迎えただけでなく、多くの岐路に直面した歳でございました。
まず長年連れ添った女房が、くも膜下出血で急逝したことでございます。心配性で口うるさかった女房ですが、いざいなくなってみますと、胸にぽっかりと大きな穴が空いたような寂しさを感じます。
わたしには子供がいません。この先、ひとりで生活していくことを考えますと、暗澹とした気持ちになってまいります。
仕事への意欲を無くしたわたしは、社長に相談して、役員を退任することを申し出ました。
軽佻浮薄なわたしでございますが、社長は慰留に努めてくださいました。それでもわたしの意志が固いことを知ると、いさぎよく認めてくださったのです。
そしてもうひとつの岐路は、37年間勤めたご褒美として、海外旅行に行かせて戴いたことでございます。
4月に業界の欧州視察旅行があり、その催しにわたしも参加することになりました。
視察と申しましても、実態は慰労をかねた観光旅行でございます。参加者は10人、わたしと同じような退職間際の重役が多く、年配者ばかりです。
わたしたちは、ドイツ、イギリス、フランス、イタリアと、二週間かけてヨーロッパの各都市を回りました。
その間、現地随行員としてわたしたちの世話をしてくださったのが、高島紳一さんでした。
年の頃40代、背が高くファッション誌から抜け出したようなスタイルをしております。それでいて軽薄なところはなく、やや面長の顔は彫が深く、明治時代の華族を思わせる古風なタイプの男前です。
どことなくケビン・コスナーに似た風貌から、白人の血が入っているかと思いましたが、後ほど、神戸を故郷とする純粋な日本人であることが分かりました。
彼はイギリスを本拠地として、欧州一円を活動範囲としているそうです。
旅程が進むにつれ、わたしはすっかり高島さんに魅了されました。
添乗員という職業にしては珍しく、口数が少なくて物静かです。それでいて、行く先々では、流暢な英語で外人相手に交渉をしています。その姿は堂々として、まさにプロフェッショナルに徹した態度でした。
そして、彼が独身だと聞いて、驚きました。こんな良い男なら、引く手あまただと思うのですが、ひょっとしたら独身主義者なのでしょうか。
それはともかく、高島さんに魅了されたのは、わたしだけではなかったと思います。おそらく同伴者の大半が、わたしと同じ思いだったのではないでしょうか。なかでも室井さんは、この魅力的なガイドに、四六時中、付きまとっておりました。
室井さんは、同伴者のなかでは一番年長で――といっても67歳ですが――中背小太りぎみの体型をした、陽気な商社マンでした。
丸顔でまん丸眼鏡、丸く後退したおでこと団子鼻――彼のイメージは、すべてが丸っこく、そして性格的にも、愛嬌のある明るい人物でした。
わたしはくじ引きでこの室井さんとペアになり、ホテルはずっと相部屋でした。必然的にこの旅行中、彼とはすっかり打ち解けた間柄になりました。
そのうち、室井さんの習性に気づきました。バスルームに入るとき、奇妙な物を持ち込むのです。ゴムボールの両端に、ゴムホースがついたような物でした。
室井さんがバスルームから出てきたとき、わたしは思い切って尋ねました。
「それは何ですか?」
「ああ、これですか」
室井さんは手にした道具を前に出して、謎めいた笑みを浮かべました。「これはエネマシリンジと言って、分かりやすく言えば浣腸器です」
(――えっ、えっ?)
すぐには理解できず、わたしは室井さんの顔をまじまじと見つめました。
室井さんは笑みを浮かべて、言います。
「このシリンジを使って、お湯で直腸を洗浄するんです」
そして、実際使っているように道具を扱って、説明をつづけます。
「ほら、この管の先っぽを肛門に入れる――もう一方の先っぽはお湯に入れる。それでこうしてボールを押さえれば、お湯を吸い上げ、直腸に注入される仕組み
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