(8)永久の別れ

(8)永久の別れ

七夕前日の昼下がり。天気予報は曇りとなっているが、朝から雨が降り続いていた。
日中のグランパは、いつも老人たちで賑わっているのだが、今日はふたりの従業員と正彦の3人しかいない。
正彦は窓際の席に着き、ぼんやりと外を眺めている。その顔は、なにか心配事があるように冴えなかった。
通りを奥村と正井がやってくる姿が見えた。なにやら楽しそうに話している。彼らが店に入ってきたとき、正彦は声をかけた。
「昨日はどうだった?」
傘立てに濡れた傘を突っ込み、何のことだと言うように、ふたりはキーさんを見た。
「イタさんだよ。少しは元気になったかい?」
そこで板井の慰問のことだと気づいて、奥村が言った。
「ああ、元気になったぜ。おれたちが慰めてやったんだ」
奥村は同意を求めるように正井を見た。正井がうなずいた。
「ああ、うれし涙を流していたよ。よっぽど感激したんだろうな」
「じゃあ、イタさんもここに来るようになるね」
「えっと、それは――」
奥村はあわてた。「すぐには来れないと思う。イタ公は、そのう――体調がすぐれないんだ。痔が悪いって言ってたな」
彼は話題を逸らすように、キーさんに聞いた。「今日は、御前さまは?」
正彦は眉を曇らせた。
「朝から具合が悪いと言うんで、病院に連れて行った。心筋梗塞の恐れがあるそうだ。検査の後、一晩、病院で様子見だと言われたんで、私だけ帰ってきた」

――◇――

夜半過ぎに電話があって、正彦は病院にすっ飛んで行った。笠原が同行していた。
病室には正彦だけが入れられた。ベッドの横にいる医師と看護婦の表情を見て、即座に悟った――もう時間がないということを。
義明は静かに横たわっていた。息をしているのかどうかも、分からないほどだ。それでも正彦を見る目には、まだ生命の光が残っていた。
「やあ――」
正彦は、つとめて明るく振舞おうと、微笑みかけた。顔がこわばって、いつもの笑顔にならなかった。
義明の反応はなかった。ただじっと正彦の顔を見ていた。そのとき、口元が動いた――何かを伝えようとして、もがくように。
「ありがとう――」
かすかにそう聞き取れた。
不意に、息を吐くように口が開いた。それが義明の80年間の最後となった。

――◇――

義明の葬儀が終わった晩、正彦は銀友クラブのメンバーの中でも、特に親しかった者だけをグランパに呼んだ。部屋の一部が片付けられ、二階から持ってきた大型テレビが備えられている。
皆を前に、正彦は話した。
「御前さまの意思を尊重して、皆さんにビデオをお見せします。私としては、御前さまとふたりだけの大切な思い出にしておきたかったけど――」
不意に御前さまの顔が浮かんで、彼は言葉をとぎらせた。
「――御前さまは、私におっしゃった。男色はすばらしい。おかげで、女房に先立たれ、独りになった年寄りでも、私たちふたりのように、余生を楽しく過ごせる。だから、皆に見せて欲しいって」

ビデオが始まって、全員が驚いた。
なんと御前さまとキーさんの、愛の交歓場面だった。長年連れ添った者だけが演じられる、熟成された情感あふれる数々のシーン。それでいて新鮮で、新たな発見を求める好奇心に満ちていた。
まさに御前さまの言った、「男色はすばらしい」という言葉を具現化したような、感動的なシーンの連続だった。
神谷の編集技術の良さもあって、生々しくも美しいポルノに仕上がっていた。その場にいた全員が、息をのんで画面に見入っていた。

ビデオが終わると、皆一様にフウーッと長い溜息をついた。
しばらく沈黙がつづいたあと、奥村が唾をのみこんで、ポツリと言った。
「アカデミー賞ものだな」
それに応えて、正彦が言った。
「カンちゃんのお陰だ。それに店のふたりにも手伝ってもらった」
「と言うことは――」
正井が鋭い妬み顔で、神谷をにらんだ。「お前、生で見たのか」
神谷があわてて言った。
「ファインダーしか覗いていない」
「それにしても――」
奥村が珍しく、しんみりとした口調で言った。「御前さまって、きれいな尻穴をしていたんだなあ」

喫茶グランパの前庭に、女郎花(おみなえし)が目立つようになった。黄色の清楚な花で、「小さな幸せの色だ」と生前の御前さまが好んでいた。
神谷は店の前を通りかかって、キーさんが老従業員の肩を揉む姿を目にした。
さっそく店に入って、ふたりの仲睦ましい場に加わった。
テーブルに手をついて腰を曲げた笠原の背後から、キーさんは、背中、脇腹、腰へとマッサージをつづける。
笠原は目を閉じ、うっとりとした表情をしている。肉厚の大きな手が、ぽってりした丸っこい尻を揉み、少し下がって、太ももの付け根のあたりを圧迫すると、思わず笠原の口から、気持ち良さそうな呻き声がもれ出る。
神谷は見ていて、まるで自分が、キーさんの愛撫を
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