(6)殿下の本命

(6)殿下の本命

その日、グランパは、険悪な雰囲気に包まれていた。
ことの発端は、ある年配の社長に、正井が片思いしていると言ってからだ。どうやら彼は、その社長に自分の胸の内を伝えたが、色よい返事をもらえなかったらしい。
最初のうちは、同情に満ちた会話だった。
「ふーん、でもまったく望みが無くなったわけでもないんだろ」
「それはそうだけど――」
「そうだよ、マーちゃん。望みが無くなったわけじゃない。粘りの一手だよ」
「それに押しの一手だ。なんだったら強引に押し倒して、マーちゃんの太い刻印を押しちゃえよ」
そこまでは良かったが、次の奥村の質問が、状況を一変させた。
「ところで、どこの会社の社長だ?」
正井は肩をすくめると、ポツリと言った。
「――涌井酒造」
「なにおっ!」
とたんに奥村が大声を上げて、正井の胸倉に掴みかかった。
「おれの殿下に手を出すなっ!」
「く、苦しい!手を放せ!」
あわてて皆が、ふたりを引き離しにかかった。
「いいか、おれの殿下に手を付けてみろ。お前のタマを引っこ抜くからな!」
奥村は、手負いのライオンさながらに、指を鉤爪立てて正井に迫った。
それを必死で、神谷と関が引き留める。彼らは、奥村の大きな体に引きずられながら、正井に叫んだ。
「マーちゃん、今日はもう帰って!――お願いだから」

奥村は「おれの殿下」と言ったが、涌井酒造の社長は、フケ好きの男なら、誰でも抱きたくなるような可愛らしい老人だった。76歳、背は低いが、均整のとれた肉体をしている。白い頭髪は薄くなっているが、お公家さんのように品の良い顔立ちに、男の甘い色気がほのかに滲み出ている。
涌井は、そのいかにも毛並みの良さそうな容貌から、お仲間たちに『殿下』と呼ばれていた。また、ちょっとシャイなところがあって、ハニカミ王子ならぬ『ハニカミ大爺』と揶揄されることもある。
この涌井が長年、ある人物と愛人関係にあったのは、この世界の人間なら誰でも知っていることだった。それがこの春、愛人が他界したのだ。
これで大手を振って、殿下にアプローチできる。フケ好きの男たちは、誰もが虎視眈々として殿下を狙っていた。

成田義明は、グランパでの騒動の時、部屋の片隅から一部始終を見ていた。
(これはまずい、涌井社長を巡って、男たちが争わなければいいが――)
彼はすぐに、涌井に会いに行った。涌井は大学の後輩で、懇意の間柄だった。
親しい仲だから、義明は率直に話した。
「大内さんが亡くなったばかりで、こういう事を言うのは不謹慎だが、早く新しい愛人をつくりなさい。このままでは、あなたの取り合いで諍いが起きそうだ」
涌井はしばらく迷っている様子だったが、義明の意を汲んで、とつとつと話しだした。
「――じつは以前から、木原正彦さんをお慕いしておりました。でも正彦さんにはあなたが、そして私には大内がいました。到底かなう思いではないと自分に言い聞かせても、悲しい性でしょうか、どうしても正彦さんのことを思ってしまいます――」
涙ぐんで胸の内をとつとつと訴える後輩を見ながら、義明は複雑な心境だった。
(キーさんを慕う男は大勢いるが、この男もそうだったのか――)
自分とさほど年の変わらない涌井が、まだ愛欲の煩悩を持っていることが、うらやましくもあった。気力、体力とも衰えて、老いを強く意識するようになった義明にすれば、とっくに失せた愛への執着心だった。

涌井酒造から戻った義明は、自分の部屋に正彦を呼んだ。そして、昼間グランパで起きた喧嘩や、涌井に会った時のことを話した。
「それで私は、どうしたらいいんでしょうか?」
御前さまの話を聞いたあと、正彦は尋ねた。
義明はひとこと言った。
「涌井さんを抱いてやってくれ」
驚く正彦に対し、義明は言葉を継いだ。
「それで涌井さんの気持ちや、町の男たちの諍いも、すべて治まる。お前が相手なら、男たちもあきらめがつくだろう。なにしろお前は、みんなに慕われているからな」
「でも――御前さまは、それでよろしいのですか?」
「私のことは心配いらん。私はそんなに狭量ではないつもりだ」
そこで彼は、現役時代を彷彿とさせる鋭い目つきで、正彦を見た。「もしも、私が狭量な人間だったら、とっくにお前は、この家から叩き出されていただろうな」

――◇――

照度を落とした薄闇に、ふたつの裸体が絡み合っていた。満々と肉をたたえた大きな肉体と、しっとりとした色白の肉体――。
69の形で涌井社長を上に乗せ、正彦は両手で尻を開き、じっくりと見た。真っ白な双丘の狭間で、淡紅色にふちどられた菊座。そこはオイルを塗られ、しっとりとした輝きを帯びている。
顔を近づけると、息を感じて、皺の集まりがヒクヒクと蠢く。正彦は目を閉じ、顔をうずめて、じっくりと味わった。
「ああっ――」
涌井が極太の男根か
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