西棟の水原啓太の部屋の前で、リョウはまだしり込みしていた。ぼくの視線を感じて、彼はつぶやいた。
「すごく怖い。でも――いつまでも逃げておれない。真実を知るために、勇気を持たなくちゃ――」
リョウはぼくを見て、きっぱりと言った。「ドアを開けて」
噴水で拾った鍵をとりだして、鍵穴に差した。ドアが開いた。長年閉めきっていたのか、室内はかび臭い匂いがした。
大きな部屋だがベッドがあるだけで、がらんとしていた。家具類は片付けられたのだろう。部屋の換気をするため、バルコニー側の掃き出し窓を開けた。
バルコニーに出て気づいた。手すりの一部が新しい。おそらくその部分だけ修理されたのだろう。手すりに近づいて思わず身を引いた。すぐ下にギザギザした岩肌の岩場が伸びていた。落ちれば、ただでは済まないだろう。
部屋に戻ると、リョウの様子がおかしかった。彼はベッドに両手をつき、上体を屈めていた。微妙に下腹部をうねらせている。まるであの時のように。
ぼくはリョウに近づいた。リョウは陶然とした表情をしている。おチンチンを勃起させていた。一体どうしちまったんだ?
「リョウ――リョウ!どうしたの?」
ぼくが呼びかけると、リョウが目を開けた。目元が潤んでいる。
「わたしは――」彼は戸惑ったようにぼくを見た。「思い出した。あのとき、啓太小父さんに抱かれていたんだ」
リョウはドアの方を見た。「そこへ大旦那さまが現れて――」
ふいに彼の体は、開いた掃き出し窓のほうに浮遊した。「大旦那さまが、何か叫んでいた。わたしは怖くなって逃げだした」
ぼくは彼の後を追って、バルコニーに出た。
リョウの姿がスッと手すりを乗り越えた。
「あぶないっ!」
ぼくはとっさに右手を伸ばした。幽霊が下に落ちるはずがない――自分の馬鹿げた行動に苦笑した。
しかしリョウは空中で、ショックを受けたようにぼくのほうを見ていた。
「――わたしは大旦那さまから逃げてバルコニーに出た。でも勢い余って手すりにぶつかり、手すりが壊れた。そして下に落ちて死んだ」
部屋の中で、リョウは、ぽつりぽつりと話しだした。「あのとき大旦那さまは、わたしを助けようとして手を伸ばしたんだ。きみの差し出した手を見て気づいた。わたしの胸にある模様は、大旦那さまの手だったんだ。そして――大旦那さまも一緒に落ちて、死んでしまった――」
ぼくの記憶は完全に戻ったわけではない。でもリョウのほうは、自分が何者で、なぜ死んだのか、そのへんの記憶は取り戻せたようだ。
あとは小山陽造の問題だ。ぼくの脳裏に不吉な考えがよぎった。
新聞の記事によれば、祖父と父の遺体が発見されたのは、陽造が島に来たあとのことだ。二人は陽造に殺されたのかも知れない。それにG・Gもまだ見つかっていない。ひょっとしたらG・Gも――。
恐れは怒りに変わった。陽造と対決する。でも力では陽造にかなわない。なにか武器になるものが必要だ。そこで思い出した。水原壮一郎の部屋にゴルフ道具があった。
ぼくは、物思いに沈むリョウを残して、部屋を出て行った。
――*――
中庭の機械室の前で、ぼくはためらっていた。片手にはゴルフ道具のアイアンを持っているが、はたして陽造に太刀打ちできるだろうか。それに、彼はまだ中にいるのだろうか。
おそるおそるドアノブに手を伸ばした。鍵がかかっていた。ポケットからマスターキーを出してドアを開けた。中は真っ暗だった。手探りでドアのわきにあったスイッチを入れた。裸電球が点いて室内の様子が分かった。
機械類や太い配管が並んでいた。どうやらこの部屋で機械を動かして給水や発電をしているようだ。右手にドアがあった。もうひとつの部屋があるようだ。
ふいにその部屋から声がした。
「おい、だれかいるのか?」
G・Gの声だった。このドアも鍵がかかっていたので、マスターキーを使って開錠した。
ドアを開けたとたん、あやうくG・Gに殴られそうになった。
「トシ!」ぼくを認めて、G・Gが声をあげた。「てっきりあの男かと思った」
あの男とは、小山陽造のことだろう。
ぼくはこれまでのことをG・Gに話した。リョウのことは、話しても理解されそうになかったから省いた。新聞の切り抜きのニュースで、すでに父さんが死んでいたことを話すと、さすがにショックを受けたようだった。最後に、ぼくが陽造に犯されたことを話すと、G・Gは憤った。
「あの野郎、ただじゃ置かん」
G・Gのほうは、父さんに会わせると男に騙されて、この部屋に入ったとたん閉じ込められたという。なんでも父さんは、中世に暴れていた村上水軍という海賊の遺跡を調査している、ともっともらしい話をされたらしい。
ぼくはパソコン内にあった、父さんのMEMOを思い出した。(――機械室の下に古い洞窟がある――)
「それで陽造という男はどこに行った?」
G・G
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