(5)ぼくの記憶

屋敷の主の部屋を出たあと、引き返して、先の部屋に進んだ。リョウは考えに沈んでいた。おそらく大旦那さまのことを思っているのだろう。
先の部屋は、女の子用らしい内装が施されていた。バラと蔦をあしらった壁紙、ピンクと白のベッドと机・椅子。ここが綾乃の部屋だったのだろう。
机の中を調べたがからっぽだった。何の手がかりも無いままぼんやりしていると背後からリョウの声が聞こえた。
「アッちゃん?」
振り返ると、リョウが壁面に取り付けられた写真を見ていた。金属製のフォトフレームの中で、若い女性が微笑んでいる。
(――母さんの写真?)
ぼくは物心ついたときから、父と母の写真を一枚も見たことが無かった。不思議に思ってG・Gに聞くと、父がすべて持っていったという。
それでも記憶を失った5歳までは、母の顔を毎日見ていたのだ。ぼくは記憶の糸を辿ったが、いま目の前で見ている写真以上のことは思い浮かばなかった。
ぼくの戸惑った顔つきを見て、リョウが自信をもって断言した。
「間違いない、この女の人はアッちゃんだ。大人になっても、この目は変わっていない」
色褪せた内装に比べて、フォトフレームは新しかった。普通のフレームと違って二重枠になっていた。しかも壁と一体化して、簡単には取り外せないようだ。父さんが取り付けたのだろうか?ぼくは記憶を呼び覚まそうとして、母さんの写真を指でなどった。一瞬、画面が曇ったような気がした。

次の部屋は施錠されていたが、応接室にあった鍵で開いた。これまでの部屋の倍ほどの広さがあった。応接セットや書き物机、書棚があり、一段上がったところは寝室らしく大きなベッドがあった。
机の上にパソコンと写真立てがある。写真は夫婦らしい男女と可愛らしい女の子が写っていた。
「アッちゃんだ」
リョウが即座に言った。
「じゃあ、大人のふたりは水原仙一夫妻?」
ぼくの疑問符にリョウが答えた。
「そう。わたしがこの屋敷に来たあと、3人は1年くらいで引っ越したけど、顔は覚えてる。長男の仙一さまと奥さまだ」
(じゃあ、ぼくのお爺さんとお婆さんだ)一度も会ったことがない祖父母の顔をこんな形で知るなんて、なんだか現実離れしている。
机上のパソコンに電源を入れて、開いてみた。PWとBIОの文字が出た。PWの文字をクリックすると、パスワードの入力画面が出た。机の中や写真を調べたが、パスワードのヒントになるものは無い。
パソコンは断念して、壁際にある自立式のホワイトボードを調べた。会議室にあるようなタイプだ。作業に使っていたのか、黒のマジックインキで文字が書き連ねていた。――バイオテクノロジー/DNA/情報交換/電子工学――ほかにも、ぼくの頭脳では理解不能の難しい数式もあった。
何のことか理解できなかった。でも父さんは生物工学の学者だった、とG・Gに聞いていたので、これは父さんが書いたものだろう。
ほかに父さんの痕跡はないかと部屋を調べたが、取り立てて目ぼしいものは見つからなかった。

部屋を出たあと階段を下りて1階のホールに戻ると、ひとりの男が立っていた。
男は驚いたようにぼくを見て、確信が持てなさそうに言った。
「俊郎――?」それから思い切ったように言った。「きみの父さんだよ」
「え?」突然のことに戸惑った。(どうしょう、この人が――父さん?)男は中背肉付きの良い身体つきをしている。禿げた頭が、精力的に見える。これまで何となく想像していた父のイメージと違っていた。
ぼくは焦った――何を話したらいいのか。父さんに聞きたいことはいっぱいあると思っていたのに――胸がいっぱいで――ドキドキするだけで――何にも言えなかった。
「何を言えばいいのか――胸がいっぱいで」
父さんもぼくの考えと同じようなことを言った。それから両腕を広げた。「とにかく、ハグしてくれるかい」
ぼくはおずおずと父さんの胸に抱きついた。
とたん、思いっきり抱き締められた。タバコの強い匂いがした。
体を離したとき、ふと気づいた。父さんのズボンの前が膨らんでいる。(えっ、何で興奮しているの。ひょっとして――G・Gと同じ趣味?)
それにしても父さんは、ぼくの横にいるリョウが見えていないようだ。リョウのほうは、父さんの顔をじっと見つめている。

ぼくは父さんに訊いた。
「G・Gはどこ?」
「えっ――G・Gが来てるのか?」
父さんは怪訝な表情をした。「いや、G・Gには会っていない。彼がどうしたの」
「ぼくがわがまま言って――G・Gは先に屋敷に来ているはずだけど」
そこで咎めるように言った。「どうして父さんは、迎えに来なかったの?」
「それは――」少し言いよどんで、「すまない。きみが来る日を一日勘違いしていた。――それに探し物をしていて」
「勘違いしてたって?探し物ってなに?」
ぼくは同時に二つの質問をした。
「本当に申
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