1)
サムから知らせがあったのは、レストランで女房と食事をしている時だった。
「――有栖川翔が、うちに来ることが決まった」
わたし(ボブ・マッカロー56歳)は、思わず万歳した。周りの客が不審そうにわたしのほうを見る。わたしがサムから聞いたニュースを披露すると、今度は客たちが歓声をあげた。
どこで聞いたのか、何百人ものファンが空港に集まっていた。集団の前には「Welcome back 翔」と書かれた横断幕が掲げられている。
やがて有栖川翔が、夫人を伴って姿を現した。腕にはあどけない女児を抱いている。スマートな長身が、ムービースターのように絵になっていた。
湧き起こる歓声。女の子が驚いてパパの胸にしがみついた。翔は爽やかな笑顔でファンたちに手を振っている。その前後を警備の男たちがガードする。わたしは前に出ると、用意した車まで家族を誘導した。
有栖川翔の獲得を強く働きかけたのは、わたしだった。翔がスタンフォード大学の学生だった頃、何度か野球論議に花を咲かせたことがある。だから彼の人と成りはよく知っている。世間は彼の野球能力の高さに感心するが、わたしが評価するのは彼の人間性だ。翔がジャイアンツに入れば、野球ファンを魅了するカリスマ性だけでなく、チームを活性化させる影響力も持っている。戦力アップと経済効果の両方がおおいに期待できる、とフロント陣に訴えたのだ。
さて有栖川翔を迎えて、まずわたしがやったのは、ポジションやトレーニング方法について、話し合うことだった。翔は、オリオールズのときから専属トレーナーをやっている、日本人の小田誠を連れてきた。小田は60歳というが、わたしより若く見える。
翔は率直に自分の考えを言った。基本的には、オリオールズの時と同じ野球スタイルがいい。外野手とピッチャー。投げるのは中4日、できれば翌日は完全休養させて欲しい。
わたしは聞いていて、内心驚いた。この若者は投打両方やっていながら、投げた翌日の休養を申し訳ない、と思っているのだ。
わたしも率直に話した。自分もピッチャー出身なので、投げたあとの疲労は理解できる。むしろ1日だけの休養が信じられない。普通なら、2、3日の休養が必要だ。それから、目先の勝利より、選手たちが故障無しにシーズンを戦い抜くことに主眼を置いている。だからきみも決して無理をしないでくれ、と。
いよいよ今シーズンの始まりである。
開幕第一戦は、常勝軍団ドジャースを迎えての3連戦。ナ・リーグの同じ西地区なので、直接対決の多いライバルチームだ。そしてドジャースには、大谷翔平投手のほかに山本由伸投手がいる。
試合は前半から盛り上がった。翔が開幕投手を務め、対するは1番バッターの大谷翔平。日本人同士、それも同じ二刀流である。
第1球、内角高めの直球。大谷がのけ反ったがストライクの判定。第2球は外角高め、これも直球。振り遅れてファウル。
(次はスライダーだな)わたしは思った。翔が首を振って、捕手のマットとサインのやりとりをしている。サインが決まって、翔が投球動作に入った。
内角低めのスピードボール――。見逃し三振!
わが目を疑った。なんと164キロのスピード表示が出ていたのだ。三振してダッグアウトに引きあげながら、大谷翔平はチラリと翔のほうを見た。
(やるじゃないか)そう言っているようだった。
その日、翔は7回無失点で投げぬき、試合は3対1で初戦を制した。
次の日はドジャースに大敗した。ファンが期待する翔が出ていない試合だったので、心なしかファンの応援も力が入らないようだ。
3戦目はライト守備で翔を出した。コンタクト率の高い1、2番コンビがいて4番には重量級のマットがいるので、翔の打順は3番にした。休み明けの翔は、チームに大声を出し、のびのびとプレーしていた。ファンの期待に応え、2塁打2本とホームラン1本、4打席3安打1四死球の活躍だった。
今年のジャイアンツは、ベテランを含む3人をトレードで出していたので、若手中心の編成となっている。有栖川翔でさえまだ25歳の若さだ。安定した戦力として期待できるのは、新しく来た翔とベテランのマット二人だけ。あとの若い選手たちは、将来有望だが、まだ経験不足が否めない。
翔への期待大だが、わたしは彼に過度の負担をかけるつもりは無かった。それに翔本人も、ア・リーグからナ・リーグに変わって、対戦相手のデータ不足に、神経を使っているようだ。彼のiPadには緻密なデータがぎっしり入っているが、それは殆どア・リーグの選手のものだった。
4月いっぱいは、鳴かず飛ばずの試合が続いた。
5月に入ってから、翔の実力が一気に解放された。投手では、打たせて取る巧みな投球と、ズバッと三振に取る力強い投球。
打者では、スイッチヒッターの
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