(4)取締役来たる

5月のゴールデンウィークが終った頃、本社から高木取締役がやってきた。
高木は52歳という若さだが、あけぼの町に加え北海道と九州の3工場を統括する取締役だ。良平と6つしか歳は違わないが、高木の重厚な貫禄は、歳の差以上の開きを感じさせた。
良平は一時期、秘書室にいたこともあり、会社幹部の経歴はひととおり目を通していた。たしか高木には、同じ齢の妻と5人の子供が東京にいるはずだ。

良平が総務課で仕事をしていると、高木から呼び出しがあった。応接室に出向くと、デスクの向こうから取締役が立ち上がって、ソファーに歩み寄った。
どうやら彼は、臨時にこの部屋を自分の執務室にしたようだ。
勧められるまま向かいに腰掛けると、高木はおもむろに話を始めた。
「どうだ、あけぼの町は?少しは馴染んできたか」
この取締役は、お世辞が嫌いで、率直な意見を好む。それを知っていたので、良平は本音で答えた。
「はい、正直、気に入っています。昭和の時代に戻ったような懐かしさを感じられて、私の気質に合うようです」
「それは良かった」
高木はひとこと言うと、話を続けた。「わたしは仕事の関係で、しばらくこの町に滞在するつもりだ。その間、ペンションはきみの部屋でお世話になるよ」
(えっ!)良平はドキッとした。まさか取締役と相部屋になるなんて。
でも考えてみれば、この町にはあけぼの荘のほかにホテルはない。それに良平の部屋は、社宅として会社契約されている。だから取締役とはいえ、相部屋になるのは必然のことといえた。

「まあ、よろしく頼む」
良平が反応する前に、高木は話題を変えた。「ここからは仕事の話だ。――経理の実態はどうだ」
「はい、少々問題があるようです。経理処理のルーチンワークが徹底されていません。その原因は、知識不足にあると思います」
良平は忖度抜きに言った。この高木相手では、そのほうがいいと思った。
「改善には、手をつけているのか」
「はい。まず総務課内で出来ることから始めています。社員教育と経理システムの改善です」
「きみの得意分野だな。それで、他の部署はどうだ?」
良平は答える前に逡巡した。(さすが取締役は鋭いな)経理担当者が一番困っているところだ。伝票の受け渡しや帳票類の記載にルーズなのは、役職が上の社員に多い。要は面倒くさがるのだ。
「他部署に対してはこれからです。経理マニュアルを作ろうと思っています」
「じゃあ少し待とう。改善できなければ、工場長を教育する必要があるな」
「――!」
良平は舌を巻いた。高木は報告をちょっと聞いただけで、何が問題なのか、すぐ本質を見抜いたのだ。

その日の夕方、良平は社用車に同乗して、高木取締役とあけぼの荘に戻った。
玄関先で、ハルさんとゲンさんが出迎えていた。頑固でこういうことに無頓着なゲンさんが、わざわざ顔を見せるなんて驚きだ。
「よう、お久しぶり」
高木は快活に言って、ハルさんに笑いかける。「女将、相変わらず別嬪だな」それからゲンさんに向き直る。「ゲンさん、また旨いものを食べさせて下さいよ」

食堂『無法松』に安井工場長と福井工場次長がやって来て、高木取締役と会食した。高木と同室のよしみで、良平もお相伴にあずかった。
この日の料理は陶板焼き――高木の好物だった。どうやら高木が来ることを、ゲンさんは前もって聞いて、準備していたのだろう。
牛肉のリブロース、南瓜、紫とうがらし、オクラなど、それを陶板の上で自ら焼きながら食べる。脂がほどよく肉に絡まって、口の中で蕩けるようだ。
珍しくゲンさんが食材を運んできて説明した。
「米沢牛は山形から取り寄せました。米沢の厳しい自然環境が育て上げた牛ですから、きめ細かな霜降りと脂の質がいい肉です」

会食後、工場長らが帰ったあと、ちょっと腹ごなしに町を歩こう、ということで高木につき合った。メイン通りを歩いてスーパー横の屋台に差し掛かったとき、酒を飲んでいた二人の客に、高木が声をかけた。
「よう、一二三と二八。元気そうじゃないか。オイタはしてないだろうな」
大声で騒いでいた二人は、急におとなしくなった。兄弟らしく、よく日焼けして、顔立ちも似ていた。どうやら彼らは、高木を苦手としているようだ。
「夕霧谷で材木と猟をやっている兄弟だ。ワルだが気の良い連中だ」
高木は説明すると、屋台を素通りして、裏手にあるスナック万玉の前まで歩いた。そこで良平に告げた。
「ここで別れるか。私はちょっとこの店に寄って行く」
良平は、「失礼します」と言ってその場を去りながら、疑問に思った。
(取締役は、あの菊ちゃんをご存じなのだろうか?)

その夜、高木取締役が部屋に戻ってきたとき、良平は夢うつつ状態だった。
深夜に、ふと目が覚めた。
暗い室内の中、隣のベッドを見ると、高木の姿はない。どこに行ったのだろう、と思いながら、
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