11月最後の週の金曜日、忘年会をかねて高校時代のクラス会があり、特に仲の良かった10人ほどが集まった。
中村春夫も出席したが、40歳を過ぎた頃から何となく億劫だった。社会地位や家族の差、給料の差がどんどん大きくなって、気楽に飲めなくなったのだ。
それが70歳になって、皆同じ年金生活者だとしても、資産や人格の差はやはり気になる。意識しないようにしても、劣等感はぬぐえない。
それでも、ビールで乾杯したときは、ほっと一息つけた。ここは馴染みの店なので、くつろいで飲み食いできる。
「有栖も後から来るそうだ」
幹事役のひと言で、「おっ、有栖か。久しぶりだな」「懐かしい」とさらに場が盛り上がった。
春夫は、久しぶりに有栖一郎の名前を聞いたら、まるで自分の名前を呼ばれたようにビクッとした。
「しかし区長なのに、よく来ることができるな」
「なあに、来年は区長選挙がある。票集めの為だろう」
(イッちゃんに限って、そんなことはない!)と言いたかったが、春夫は黙っていた。しかし、誰かが一郎を擁護した。
「あいつは変わり者だが、およそ打算とか根廻とかの無い男だった」
「そうだな。高校生のとき、あいつが先生に対して直球でものを言うのを、何度も見てきたからな」
「おい、えらく有栖の肩を持つじゃないか」
「そんなんじゃない。有栖と一番仲が良かったのは中村だよ。なあ」
クラス仲間からの不意打ちに「そ、そうだな」と春夫はどぎまぎした。
確かにあの頃は、いつも一郎の側にいた気がする。音楽タレントを目指して二人でデュエットを組み、暇さえあれば音楽活動をやっていた。
あの頃が、一番いい時期だったな――。
30分ほどして、ようやく有栖一郎がやってきた。
途端に、春夫の心臓がドキドキしだした。
「やあ、遅れてすまん。これ家にあったので持ってきた」
一郎は無造作に、テーブルの上に焼酎の一升瓶を置いた。いかにもこだわりの彼らしく、プレミアム焼酎『魔王』である。
「お、魔王か。これは豪勢だ」
「さすが区長!」
区長と言われて、すかさず一郎がくぎを刺した。「おい、それは無しだ。ただでさえマスコミが俺のアラを嗅ぎまわっているんだ。この酒は高校クラス会の友情の証し。それ以外、何もない」
幹事がすぐに反応した。
「分かった、分かった。なあ、皆。さあ、友情の証しを飲もうぜ」
春夫はやり取りを聞いていて、一郎は変わったと思う。以前は一匹狼的な存在でクラス仲間とも馴染んでいなかった。やはり区長になった影響なのか。
それにしても魔王はうまかった。オンザロックにして、氷が溶けかけたところでグビッと飲む。スッキリした味わい。フルーティーな香り。そして穏やかな余韻がある。さすがプレミアムがつくわけだ。
10分ほどして一郎は、失礼すると言った。まだ公務があるようだ。
幹事も事前に聞いていたのか、すんなりと了承した。
「ご苦労さまでした。でも帰る前に、一曲歌ってよ」
「そうだ、有栖と中村はデュエットで歌っていたな」
皆が一斉に拍手して、一人が手回しよく店からギターを借りてきた。
結局、春夫がギター伴奏しながら、ゆずの「栄光の架橋」を歌うことになった。二人がデュエットするのは50年以上のブランクがあったが、何とかハモって歌うことが出来た。
一郎が帰ると、心なしか場が静かになった。春夫は思った、やはりイッちゃんは孤高の人とはいえ、クラスの華なんだ。
忘年会がお開きになって、皆、三々五々帰って行った。
春夫はこのまま帰るのも、何となく心残りだった。それに近ごろ、家には自分の居場所がない、と思い始めていた。
春夫は35歳のとき、母親の勧めで見合い結婚した。相手は春夫より10歳下、考えのしっかりした女性だった。やがて一人娘が生まれたのを待っていたように、女房の啓子は夫に構わなくなった。そのこと自体は、春夫もむしろ気が楽だった。なにしろ彼の関心は、女性よりも男性にあり、女房との夜の生活も淡白だったからだ。
しかし娘が成長していくにつれ、疎外感を覚えるようになった。娘の彩夏は両親の力関係を見て、父親より母親を優先するようになっていた。そして彩夏が関西の大学に入ったとき、啓子も家を出て娘と同居したのだ。
それから3年後、関西の啓子から電話があった。会って話したい、と言うのだ。声の調子から何か大切なことだなと思った。
予定の日に啓子がやってきた。地味な服装だが、以前より洗練されて見えた。
そして驚くべきことを言ったのだ。
「私もあと3年で50歳。手遅れにならないうちに、自由に生きたいの。だから離婚して欲しいの」
あまりに唐突な話だったので、春夫はしどろもどろに返事をした。
「突然、離婚だなんて――。生活はどうする」
「前から服飾関係に興味があって、アパレル会社で働いているわ。今はパートだけど、来年は正社員になれ
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