「何度もお願いに伺ったのですが、伊田社長は頑として受け入れられません。年寄りは駄目、若者しか使わないと言われて――」
シルバー人材センターの担当者は、悔しさを滲ませて報告した。
話題の伊田社長は現在52歳、小柄な女性ながらエネルギーの塊である。また、金儲けに関しては独特の嗅覚を持っている。どんな政治力を使ったか不明だが、隅田川沿いの広大な緑地を国から借り受けて、ハーブ園に変えた。
それが、今や浅草の観光名所のひとつになっている。
有栖一郎は公約のひとつとして、「高齢者の就業機会の確保」を掲げている。そして件のハーブ園は、シルバー人材の活用では、うってつけの所である。警備員や清掃員、それにハーブの手入れにも。
しかし伊田社長は、大学のアルバイト生など、若者しか使っていない。
まあそれはそれで若者の生活費援助という意味で良いのだが、若者はとかく面倒くさい仕事を嫌がって、従業員の入れ替わりが激しいと聞く。
台東区はそれをカバーする意味で、根気や経験、専門知識などを持つ、シルバー人材の採用を勧めていた。
この日は、シルバー人材センターのほかに、観光課や広報課の職員も集まって、あれこれアイデアを出し合ったが、らちが明かない。一郎はいったん検討会議を打ち切った。
水曜日の昼下がり、今日のディック探偵社は、いつもと様子が違った。普段なら昼飯で腹が満ち足りて、将棋を指すか、ソファーに寝そべって雑誌を見ている。要するにだらけているのだ。
それが今日は、朝から拭き掃除をしたり部屋の片付けをしたり、滅多にないことだが、花瓶に花を活けて受付カウンターの上に置いたりしている。
なんとなれば、有栖区長が初めて事務所を訪れるのだ。区長は二郎の実兄だが、従業員たちはいつになく緊張しているようだ。
そんな様子を見るにつけ、自分と兄の格の違いを見せつけられているようで、二郎はあまりいい気分ではなかった。
有栖区長がやってきた。お付きがいず、単独行動である。さっそく泰平が出迎えて、うやうやしく応接室に通した。柄にもなく礼儀正しい。
有栖兄弟がソファーに落ち着いたところで、83歳の山家老人がお茶を持ってきた。こちらも神妙な顔つきで、お茶をテーブルに置くと、チラッと上目遣いに区長を見る。まるで神社でお参りしているような神妙さだ。
二郎は内心、舌打ちした。神様でもないのに、まったくどいつもこいつも。
「で、調べはついたのか」
二人きりになると、一郎はさっそく打合せを始めた。
シルバー人材の件で行き詰った一郎は、弟の二郎に相談した。伊田社長を篭絡するには、お堅い役人より二郎のような商売をしているほうが、色々とアイデアがありそうだと思ったのだ。
「ああ、大体は。あの女社長、相当の食わせ者だぜ。アルバイトの若者たちは、ハーブ園で働くだけでなく、夜のご奉仕もさせられてるようだ」
二郎はこれまで密かに、伊田社長の人となりを調べていた。
「それで、何かアイデアが浮かんだのか」
「ああ、まあね。最初は若い従業員たちを何人か懐柔して、セクハラやパワハラで伊田社長を告発させ、揺さぶりをかけようと考えたけど――」
二郎は頭を振った。「あまり効果がないだろう。なにしろ、敵さん、煮ても焼いても食えない女狐だ」
「じゃあ、打つ手なしか」
「それが、あるんだな――シゲルだ。あいつを伊田社長にぶつける」
木原繁は、母方の従兄弟である。52歳の独身、恰幅の良い肉体と父性愛溢れる顔をしているが、根っからの女タラシである。
一郎は顔をしかめた。
「あいつが、こちらの言うことを素直に聞くか?」
「俺は兄貴と違ってワルだからな。シゲルとは気が合う。それにおそらく、あいつが断り切れない人物が、うちにいるんだ」
二郎は立ち上がると、ドアを開けて声をかけた。「教授、ちょっといい?」
小柄な老人が顔を見せた。今日の為に呼ばれていた。
二郎が紹介した。
「電子工学の専門家、大石昇さん。ときどきうちの仕事を手伝ってくれてる」
二人を引き合わせると「教授、ありがとう。もういいよ」
老人がいなくなると、一郎は訊いた。
「あの老人が何だって言うんだ」
「シゲルの生い立ちに関係するんだ」
二郎は説明を始めた。
――繁の父親は鉱脈の発掘技師で、日本中あちこちの山で試し掘りをしていた。試し掘りしたのは山だけではなかった。結果、料理屋の娘を孕ませ、生まれたのが繁である。ところが娘の父親は、家に殆どいない男に見切りをつけて、二人を別れさせた。そして自ら、孫の父親代わりをしだした。
繁と爺さんは、いつも一緒だった。夜寝るのも、風呂に入るのも、学校の行き帰りも。そんな爺さんだったから、繁は心底信頼していた。その爺さんが死んだときは、この世も終わりと言わんばかりに嘆き悲しんだ。そして大石老人は、その爺さんと瓜二つと言えるほど良く似てい
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