叔父来たる



(1)

会田昇は52歳にして独身、人好きのする風貌をしている。
この日は土曜日、昇は愛車のミニクーパーを駆って、新神戸駅に来ていた。
ちょうど駅前広場に入ったところで、叔父さんの姿を見つけた。
会田千秋は73歳にして、現役の舞台俳優である。赤シャツ、白のスラックスに黒のジャケットを羽織り、頭には黒のアルペンハット、顔にはレイバンのサングラス――ちょっと見は、その筋の人間と間違われそうであるが、恰幅の良い体型と泰然自若とした風情があるので、金持ちのご隠居と見えなくもない。

「よう、女たらし」
叔父は昇の姿を認めると、いつもの挨拶をする。そして濃緑色のミニクーパーを見て言う。「まだミニチュアカーに乗ってるのか」
もっとでかい車にしろ、と叔父は言うが、昇には昇の考えがある。ミニクーパーは基本4人乗りであるが、いつも後ろのシートを倒して、2人乗りにしている。理由は聞くまでもない、ナンパ用である。
それに叔父は、昇を女たらしと言うが、その認識は少々間違っている。正確には爺たらしと言った方が当たっている。
彼のナンパの常套手段は、好みの爺さんを助手席に乗せて、六甲山までドライブする。山頂から神戸の海を見下ろしながら、「じいちゃん、寒くない?」なんて言って、体を抱き寄せたりする。

二人を乗せたミニクーパーは六甲山麓の坂道をのぼり、大きな三角屋根の山小屋風の家に辿り着いた。昇が一人で生活しているマイホームである。
叔父を伴って、リビング兼食堂になっている2階に上がると、エプロン掛けした老人が台所にいた。
「アッちゃん、まだいたの」
昇は二人を紹介した。「東京から来たぼくの叔父さん。こちらはお隣の田部篤志さん。ぼくの家の掃除、洗濯をやってくれてるの」
千秋が奇特なものでも見る眼つきで、老人を見た。
「へーえ、昇の家の掃除洗濯って――どう考えても自発的行為とは思えないけど何か魂胆でもあるんじゃない?」
老人が生真面目に否定した。
「いえ、そんなことは決して――わたしは暇ですから――」
言って、にっこりとほほ笑む。上辺だけでは出てこない温かい笑顔である。
(なんでこんな無邪気な笑顔ができるんだ。昇の奴、爺さんに何をした?)
千秋は納得がいかなかった。「ふーん、田部さんも物好きだね。ボランティアが好きなんだ」
言われた老人は、純情に頬をあからめた。

「叔父さん、あまりアッちゃんをからかわないでよ」
昇は、叔父にそっと忠告した。
「いやぁ、つつくと面白そうなタイプだから、つい――」
千秋は平然と言って、反省の色は全くない。

昇は老人を見送って、階下まで降りた。
「ごめんね、アッちゃん。あの叔父さん、辛口だけど、あれで優しいところもあるんだ」
「ううん、ちっとも気にしてないから。それから、ステーキは味付けして冷蔵庫に入れてるから、あとは焼くだけでいいよ」
「さすが、アッちゃん、気が利く。ありがとう」
昇は篤志の細身の体をぎゅっと抱き締めて、口づけをした。
しばしの至福のひととき――。
二人が離れたとき、老人はもっこり膨らんだ昇の股間を見て「うわあ、ホルモンの栓が全開みたい」と言って喜んだ。

(2)

叔父と甥の二人は仲良くエプロン姿になって、晩飯の用意をした。
千秋がキャベツ、アスパラ、トマト、キノコを切ってサラダを作った。その間、昇はコーンスープにひと手間かけて、鶏ガラスープ、長ネギ、卵を混ぜて中華風スープにする。そして最後に、メインディッシュの神戸牛ステーキを焼いた。

料理が整うと二人はテーブルに着き、赤ワインで乾杯した。
「叔父さんの健康に乾杯!」
「昇のタラシに乾杯!」
そのあと二人は、料理に舌鼓を打った。

「しかし、お前が爺さん好きとは夢にも思わなかった――昔のお前を知っているだけにな」
「叔父さん、昔のぼくをどう見ていたのです?」
「それはもちろん、女タラシと見ていた。お前は四六時中、ヤルことしか頭になかっただろう」
「ひどい!ぼくを色情狂のように言って」
昇は憤慨したように言って、急に説明口調になった。「ぼくが男好きになったのは、お坊さんだった爺ちゃんの影響です」
「坊さんだったら、なんで男好きになるんだ?」
「昔から僧侶の世界では、男色が連綿と行われてきたからです。唐に渡った空海が、男色文化を持ち帰ったのが始まりらしい」
「――お前、その種の話題になると、俄然アカデミックな雰囲気になるな」
昇は叔父を睨んだ。
「からかうのはよしてくださいよ。普段のぼくは、何だって言うんです」

むきになると面倒くさい奴だなと思ったので、千秋は黙って、甥の話を聞くことにした。
気を取り直して、昇は続けた。
「叔父さんは、大悦と天悦って言葉を知っていますか?」
「知らん。なんだ、それは?」
「僧侶の隠語で、大悦は男色、天悦は女色の意味です
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