同じ会社の職場で愛人を作るほど、危険なことは無いだろう。ましてやその愛人が男であった場合、人に知られたら悲惨なことになる。
その最も危険なことを、私はやってしまった。
ハルさん(上妻春男)は私より6つ年上の業務課長、歳は上だが私の部下だった。
だいたい企業で上にのぼるかどうかは、性格によって決まる。上にのぼる奴には性格的に碌なのがいない。もちろん私もそうだろう。
逆に昇格しない奴は、善良で気の優しい人間が多い。
ハルさんはその後者の典型だった。
でっぷりと太った見た目も性格も、ネアカで愛嬌があった。彼が本当に怒った姿など一度も見たことがない。仕事のほうもこまめに働き、気も利くので、私はこの年配の部下を重宝していた。
私の所属する本部は3つの部があり、私はそのひとつの部長をしていた。業務課長のハルさんは総務的な仕事をしていて、いわば私の秘書的な存在だった。
その頃、私はプライベートな家庭生活で、最悪の状態だった。勝気な女房と折り合いが悪く、言い争いはいつまでも平行線をたどった。いよいよ離婚を真剣に考えだしたとき、長女の結婚話が浮上した。そこで少し冷静になった。子供たちにとって、片親では肩身が狭いだろう、というわけだ。
結局、女房とは籍を置いたまま、別居することで話がついた。そのため都心部にワンルームのマンションを買い求め、私のほうが家を出た。この頃からである、またぞろ男を求める気持ちが騒ぎだしたのは。
法人営業部を担当した私は、外部団体との付き合いが多かった。客との夜の会食は一日おき、時には連日続いた。
その多忙な合間の息抜きに、私はハルさんを連れて、居酒屋やスナックによく出入りした。ハルさんは56歳にして独身だった。結婚歴もない。
いつだったか、そのことをハルさんに訊くと、「女性とは縁がなくて」と言って、曖昧な笑みを浮かべていた。
この時、私は初めて、ハルさんを男色の相手として意識しだした。
(ひょっとしてハルさんは俺と同類、男好きではないか?)
そう思って注意して見ると、言葉や仕草の端々に、私に対する好意らしきものが垣間見える。
それまで気づかなかったことも見えてくる。ちょっとした会話や動作をするときの、女性的なもの柔らかな雰囲気。私のほうを見るとき、さりげなくズボンの前に視線を流す癖。まともに目を合わせたときの、はにかむような素振り――。
蒸し暑い夏の日だった。夜になっても気温は下がらず、まるでサウナ風呂に入っているような状態だった。
その夜、予定されていた客との会食を終え、私とハルさんは、ビルの最上階にあるレストランで、酔い覚ましのコーヒーを飲んでいた。
卓上のキャンドルライトのやわらかい光が、向かいに座るハルさんの温顔を浮かび上がらせ、まるで愛の密会のような雰囲気を醸し出していた。
もっとも50歳と56歳の男二人が、テーブルを挟んでじっと目を見つめ合う姿なんて、ノーマルな人間から見たら、気持ち悪くなるだろう。
額の禿げあがったハルさんの丸っこい顔を見ながら、私はいつになく性的な気分になっていた。色艶の良い唇や少し二重になりかけたあご――淡い照明に浮かびあがるハルさんの顔を見ていると、アルコールも作用して、私は大胆な気分になってきた。
私は思い切って、口に出した。
「外に出るとまた蒸し風呂状態だろうな。どうだいハルさん、これから私のマンションに行って、涼みながら飲みなおすか」
そこで付け加えた。「私は女房と距離を置いて、独り住まいなんだ。だから、ハルさんも帰るのが面倒くさくなったら、私のマンションに泊まってもいいぞ」
ハルさんは微妙な表情をした。喜んでいいのか、恐れ多いのか――私の言葉の裏に隠された、真意を探っているようだ、
ようやく返事をしたときは、慎重な口ぶりだった。
「とても光栄なことですが――部長のご迷惑にならないでしょうか」
私はぶっきらぼうに答えた。
「迷惑じゃないから、誘っているんだ」
ハルさんは、なおも逡巡していた。
「そうですか。でも――」
私は苛立って言った。
「上妻、どっちなんだ!来るのか来ないのか、はっきりしろ!」
我ながら大人げないと思ったが、職場上司のパワハラまがいのことを口にしていた。いつもは「ハルさん」と呼ぶが、厳しいときには「上妻」と名字で呼ぶ。
ハルさんは姿勢を正して、あわてて応えた。
「はいっ、お伺いします」
(これで一歩近づいたな)私は後ろめたい思いがしたが、鷹揚にうなずいた。
レストランを出て、下りのエレベーターに乗ったとき、ハルさんのぽってりと肉の付いた幅広の尻を目にした。私は二人きりなのを利用して、ハルさんの気持ちを確かめるようなことをやった。何気なく年配者の尻に手を置いて、そのままにしておいたのだ。
柔らかい感触が伝わってくる――。
ハルさんがハッとして、身体を固
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