(一)序

幼児の頃から、お爺ちゃんと呼ばれる年配の男性が好きだった。そしてまた逆にお爺ちゃん達によく可愛がられた。
男色の何たるかも知らなかった幼い頃、私を膝の上にのせて、読み書きを教えてくれた、お寺の方丈さまの煙草混じりの体臭――竹トンボや杉テッポウを一緒に作って遊んでくれた、近所のお爺ちゃんのフンドシ姿――夏休み、母に連れられて、汽車に乗って行った田舎のお爺ちゃんの温かい笑顔――。
この当時のお爺ちゃんたちの記憶は、いまもってある。
物心ついた中学校時代、優しい笑顔の校長先生に憧れた。美術の先生のズボンに浮き出た太い膨らみを見るのも楽しみだった。
精通を終えた高校時代は、性欲の対象として年配男性を見るようになった。
大学への進学一辺倒だった学校の先生たちを敬遠して、道ですれ違った、あるいはふとしたきっかけで言葉を交わした、街の小父さんたちに心惹かれた。
夜、受験勉強そっちのけで、昼間出会った小父さんを思い浮かべながら、5本指でふけった。
なんとか大学に合格して親元を離れた東京下宿時代は、女を知ると同時に、年配男性も知った。
男色の何たるかを教えてくれた下宿の主人は、私の男好みの原点となった。色白きれいな肌とぽっちゃりとしたお尻。菊座とはよく言ったものだ。淡紅色に染まる皺が寄り添って、菊の花をかたどった秘密の花園――。それを強引に押し開いて、何度精を放出したことか。
その時自覚した――私は男好きだと。相手が女より、年配男性のほうが、はるかにめくるめく快感を覚えたからだ。



私には年寄りを惹きつける、特殊な性フェロモンでも備わっているのか、年配の男性によく持てた。大学の教授やバイト先の親父、近くに単身赴任してきた工事現場の初老の監督――等々。
大学卒業後、人並みに就職し、親のお膳立てで結婚し、三人の子供を設けた。
この頃は真面目に、女房だけを相手にした。休日は子供たちに付き合って、家族サービスもやってきた。

しかし私の男好きの性(さが)は、消えたわけではなかった。50歳になった頃から、またぞろ男を求める気持ちが騒ぎだした。結果、数人の年配男性たちと、親密なお付き合いをするようになった。
若かった学生時代は、肛門性交そのものが目的だった。動物的に、精の放出欲に駆られて、神秘の菊座を求めつづけた。締まりがいいもの、滑らかなもの、絡みつくようなもの――息弾ませて腰をうねらせながら、内部構造の違いを楽しんでいた。
それが50代ともなると、肉体だけでなく、心の交流にも喜びを見い出すようになった。酒を酌み交わしながら他愛もない会話をしたり、一緒に趣味のゴルフを楽しんだり、寄席に出かけたり――。
愛の交歓も、すぐ肛門性交に移るのではなく、会話やキス、愛撫を交えて、じょじょに気分を高めていく。そして合体してからも、性急にコトを進めるのではなく、お互いの愛と快感を確かめ合いながら、時間をかけてやる。
私の男色人生の中で、50代の頃が一番充実していたときだろう。
22/11/03 18:54更新 / 神亀

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