(1)
9月初旬。夏休みも終わって、気分の乗らない授業の合間に、ぼくは気だるく休み時間を過ごしていた。
そんなとき、カズが近寄って来て声をかけた。
「テッちゃん、水原先生が探していたぞ」
水原先生と言うのは50代半ばの美術の先生だ。
ぼくは美術部のクラブ活動をしていて、そのことを意外に思う友人も多い。
で、ぼくに声をかけてきたカズも美術部だが、彼の場合、動機が不純だ。
純粋に絵を描くことが好きなぼくに比べ、カズは美術部のマドンナと噂される、白鳥小百合が目的だからだ。
まあ、それはともかく、ぼくはすぐに水原先生の部屋に出向いた。
「おう、来たか」
デスクで書き物をしていた先生は、ぼくの顔を見ると立ち上がって、ソファーのほうに歩いた。「きみに話があったんだ。さあ、こちらに来なさい」
ぼくは少し緊張気味に、先生と向かい合ってソファーに腰を下ろした。
先生は身長150センチそこそこの小男だが、鼻だけがナスビのように大きく立派で、それがロマンスグレーの頭髪と相まって、妙に威厳があった。
「夏の間はご苦労さん。お陰で大いに助かったよ」
先生はまずぼくに、感謝の意を伝えた。
実のところ、この夏休み期間中、ぼくは水原先生の手伝いをして、古民家調査のアルバイトをしていた。
「きみの描いた絵を見ると、きみの才能はなかなかのものだと分かる」
先生は褒めておいて、ぼくの身体をじっくりと見た。まるで頭の天辺から足先まで観察されているようで、ぼくは居心地悪く尻をもぞもぞさせた。
「それにきみは、締まったいい身体をしている。そこで相談だが、今度、私の絵のモデルになってくれないか」
モデルと言うからには、裸になるのだろう。そんなの真っ平ごめんと思ったが、無下に断るのも気が引けたので、やんわりと答えた。
「ぼくはそんなに締まった身体をしていません。着やせするタイプでして」
先生は、ぼくの言葉を気にもかけなかった。
「それはきみの身体を見て、私が判断しよう」
そこで先生はやさしく微笑んだ。「もちろんモデル代は出すよ。今度、私のアトリエに来なさい」
これでモデルを断るチャンスは無くなった。ぼくはしぶしぶ先生のアトリエを訪れる日時を確認して、部屋を退出した。そのとき、ぼくの後ろ姿をじっと見ている先生の視線を感じた。
(2)
ぼくが男色について明確に意識しだしたのは、クラスメイトのケンの影響だ。
ケンは江戸風俗に造詣が深く、将来はその方面の専門家になる、と早くから決めていた。それだけに江戸時代の性風俗の知識も豊富で、とくにぼくが興味を引かれたのが男色だった。
ぼくは先輩に連れられて風俗店に行き、童貞喪失の儀式をすでに行っていた。そのとき、女の騒がしい嬌声や、チーズの腐ったような匂いに辟易した。
女と交わったのはその一度きりだった。性欲が募るともっぱら自家発電したが、そのとき思い浮かべるのは年配男性の顔だった。
ケンは江戸風俗の書籍をたくさん持っていた。ぼくが男色に興味あると聞いて、その分野の本を貸してくれた。ぼくは夜毎、借りた本を読みふけった。
江戸時代の認識としては、弘法大師が唐から帰朝して、男色を日本に広めたとされるが、女色禁止の僧侶の世界では、それ以前から男色はあったようだ。
「大悦」という言葉は、僧侶の世界の隠語と知った。
肛交は、攻める方にとっては、摩擦と射精の快美感が伴うので、愉悦そのものを実感できるが、受ける方は、元来その機能が備わっていない排出口に挿入されるので、何らかの苦痛を伴う。
一人だけが悦楽に耽るので、「一人」を合字して「大」の字になぞらえて、男色による肛交を「大悦」と称した。
これは大いに理解できた。自分の勃起した持ち物の大きさは見慣れているので、それを狭い肛門に挿入するのは、至難の業と思えたからだ。
ぼくはワンルームのアパートに住んでいて、電車に乗って大学に通っている。
朝の電車は、毎度のことで混んでいた。
いつも最後尾の車両に乗っているが、ある朝、股間に違和感を覚えた。すぐ前に中年男がいて、その男の手の甲が、ズボンの前を刺激しているのだ。
その男が、ぼくの知っている人物だと気づいた。大学で英語を教えている、宮内という40代半ばの講師だ。
ぼくが黙っていると、宮内は図に乗って、今度は手の平で包み込むように圧迫してきた。指の先が膨らみの形状を辿りながら愛撫する。
たちまちぼくの分身は、ズボンの中で臨戦状態だ。膨らみの大きさ硬さに驚いたのか、宮内がこちらを見た。
二人の視線が合ったとき、ぼくはニヤリとした。
途端、宮内は気弱そうに目を逸らせた。それでも厚かましく、手による痴漢行為はやめなかった。
電車から降りたあと、宮内の後を追った。そして改札を出たところで、彼の腕をグッと掴んだ。
振り返ってぼくを認めた講師の顔は見ものだった。痴
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