(9)京都の旅

5月のゴールデンウィーク、廉と潔は京都に2泊3日の旅をした。潔の発行する旅行誌『雲水ひとり旅』がそこそこ売れて、仕事に弾みがついているからだ。
今度もキーさんに同行しての取材旅行ということで、廉の女房は機嫌よく送り出してくれた。彼女はむしろゴールデンウィークに亭主がいなくて、さばさばしている様子だ。

行きの新幹線の中で、廉がペットボトルのお茶を渡すと、キーさんが感心したように言った。
「レンちゃんって、意外といい奴だったんだな」
「意外は余計でしょう。それって全然褒めてないし」
廉はむくれた仕草をしたが、頬が自ずと緩んでいる。それもそのはず、これからキーさんと二人だけの旅が出来るのだ。

「次の旅行誌に添えるネタを集めているんだ」
車中、キーさんが話し始めた。
「例えば、ラフカディオ・ハーンだ。小泉八雲と言ったほうが、日本では馴染みがあるかな。彼は日本の怪談話を英語でまとめて、世界に知らしめた。俺はとくに『耳なし芳一』を小学生のころ読んで、衝撃を受けた。中でも魔除けのため、和尚さんが芳一の全身に、墨で経文を書くところ」
「ああ、耳だけ書き忘れて、亡霊に両耳を引きちぎられたところでしょう」
廉が言うと、キーさんはのんびりと否定する。
「いや、俺が思ったのは、素っ裸の肌に筆で経文を書かれるとき、芳一は感じて勃起したんだろうかってね」
「そっちのほうなの!」
廉はあきれた。
キーさんはなおも言う。
「ハーンはギリシャ生まれのアイルランド人でね。50歳を過ぎても、毎晩のように日本人妻の身体を求めたらしい」

(キーさんの話って、いつもその方面に飛んじゃうんだから)
廉が思っていると、キーさんは話を続けた。
「雀の子、そこのけそこのけお馬が通る。やせ蛙、負けるな一茶、これにあり。レンちゃんも知っての通り、小林一茶の俳句は、スズメやカエルなどの小動物や子供のあどけない様子を詠んだものが多いだろう」
(おっ、今度は真面目な話題のようだ)と廉は思った。
キーさんは続けた。
「一茶は、無邪気で温厚なイメージがあるけど、とんでもないスケベ爺だった。彼は52歳のとき24歳年下の女と初婚した。彼の日記には『夜雷雨。夜三交』『墓詣。夜三交』というように、ひと晩に何度いたしたか克明に記されている。その結果、初婚の女は9年で過労死した。しかも、一茶の性豪ぶりはとどまるところを知らず、60代になっても2回再婚して、彼が死ぬ65歳までやりまくっていた――」
この頃には廉もすっかりあきらめて、キーさんの話を聞き流していた。

京都に着くと、キーさんが廉を連れて行ったのは、麩屋町にある町屋風の小料理屋だった。小ぢんまりとした店で、京都らしい品があった。カウンターの向こうから、初老の板前が笑顔でまったりと迎える。
「いらっしゃい。お待ちしていました」
映画にでも出てきそうな、胡麻塩頭の上品な親父だった。キーさんが前もって店に連絡を入れていたようだ。
キーさんも愛想よく応える。
「スーさん、お久しぶり。相変わらず、男前やね」
すかさず親父が返す。
「何をおっしゃいます。男前なら、遠山さまにかないませんわ」
どうやらキーさんと店の親父は、昔なじみのようだ。(ということは――)廉はあらぬ想像をしたが、あわててその考えを打ち消した。
「いいタケノコが入ってます。少々お待ちください」
板前は言うと、手際よく茹でたタケノコを切っていく。
それを見ながら、キーさんが廉に説明した。
「京都のタケノコは最高だよ。毎年この時期になると、タケノコだけ食べに、京都に来るんだ」
料理は、さっと茹でたタケノコのお作りから、山椒煮や油で揚げたもの、そして炊き込みご飯、とタケノコ尽くしだった。
廉は、これほど美味しいタケノコ料理を食べたのは、初めてだった。そんな廉の様子を、キーさんはうれしそうに見ている。

そのあと銀閣寺から哲学の道にかけてぶらつき、夕方、嵐山方面に車で行って、渡月橋近くの温泉宿に泊った。
見るからに風格のある高級旅館だった。こんな贅沢が出来るのも、旅行誌が売れているお陰だ。
通された部屋は離れ風で、和室8畳に附室、窓際の一画は檜風呂があって、そこから外の露天風呂につながっている。
出された緑茶を飲みながら部屋でくつろいでいると、宿の主人が挨拶に来た。
落ち着いた和服を着た初老男で、昼間行った小料理屋の板前に、なんとなく似ている。
(ひょっとしてこの親父とも――)以前経験した旅先のことがあるので、廉は胸騒ぎがした。
「ようお越しくださいました。遠山さまは、ますますご健勝のようでございますね」と初老の主人は、白いものの目立つ頭を下げて、しっとりと言う。
「ありがとう。大将も元気そうだ」
「澄彦のところには、寄られましたか」
「ああ、旬のタケノコを、たらふく食べさせてもらいました」
[3]次へ
[7]TOP [9]目次
[*]感想
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.35b