(6)初の海外旅行

廉は60歳の還暦を迎えた。
その月、廉にとっていいことがあった。1年間、数度に渡って行われているオープンコンペで、4泊5日の東南アジア・ゴルフ旅行が当たったのだ。
以前、キーさんが、北海道旅行の言い訳に使った嘘があったが、今回はまったく本当のことである。
こうした運など無かった廉にとって、まさに瓢箪から駒だ。
行先は、最初の2日間がカンボジアのシェムリアップ、あとの2日間はベトナムのホーチミン、となっている。
賞の条件は、往復の旅費とホテルの宿泊費、そして最初のゴルフプレー代が無料。あとのゴルフは有償だが、観光に切り替えることも出来る。また同伴者は1人までオーケイで、旅行費用は全額自己負担としている。

女房に話すと、ゴルフ旅行と聞いただけで興味を失い、勝手に行ってきたら、と突き放したように言う。
しかし、キーさんは違った。情報を聞くとすぐ、ぜひ同伴者として参加したい、自分の費用は払う、と熱心に言う。
キーさんは現役時代、東南アジア方面にも出張した時期があって、現地情報に詳しかった。
「――あちらは熱帯モンスーン気候で、一年中暑いんだ。予定日は来年の1月末か。いい季節だな。乾季で、雨量が少ない時期だ。ただし日中温度は30度以上になるぞ――」

寒風吹きすさぶ1月25日、廉は特別休暇を取って、キーさんと成田空港に向かった。キーさんは手慣れたもので、ゴルフのキャディーバッグほか2人分の荷物を積んだレクサスを運転して、空港近くの駐車場まで行った。そこで車を預け、荷物を持って空港バスに乗り継いだ。
渡航経験のない廉には、とても思いつかない方法だ。
空港では他のラッキーな当選者たちと合流した。総勢24人、それに主催者側から中年女性の添乗員が加わった。

幸い飛行機の中で、廉はキーさんと隣り合わせの席に座れた。機中、空港で目にした光景のことを、キーさんに聞いた。
「キーさん、添乗員の女性に何か渡していたけど、何だったの?」
キーさんは事もなげに答えた。
「ああ、ゴディバのチョコレートだ。旅の間、お世話になりますってな。わざわざ銀座に行って買ってきたんだぞ」
廉は感心したように、キーさんの顔を見た。成田空港近くまで自家用車で来た事といい、意外と緻密なところがある。
「ごめんなさい、キーさん。ちょっと見直しました」
「えっ、なんで謝るの?」
「いや、あの――」
後のほうは言わなかった。(厚かましい、能天気なばかりだと思っていた)

飛行機はいったんベトナムのホーチミン空港に着いて、トランスファー(乗り継ぎ)待ちした。その間に夏用の服に着替えた。
カンボジアの空港に着いたのは、現地時間で夕方4時だった。
実質フライト時間は7時間以上だが、時差が2時間あるので、早く着いて得をしたように感じる。
シェムリアップ空港はとんがり屋根の目立つ、エキゾチックな建物だった。
キャディーバッグ共々バスに乗って、シェムリアップ市街に向かった。着いたホテルは、成金趣味の宮殿のような大きなホテルだった。
ホテル内で添乗員のスケジュール説明があって、その後ボーイに先導されて、それぞれ割り当てられた部屋に向かった。
事前の申し入れにより、廉はキーさんと相部屋になっていた。

部屋で一息入れていると、ノックがあって、初老のぽっちゃりとした感じの男がやってきた。廉と同年配くらい、背丈も同じくらいだ。
「ニーハオ、ワンさん」
「キーさん、会いたかった」
キーさんと来訪者が歩み寄って、しっかりと抱き合った。ついで、熱烈なキスをする。
(えっ、なに?何があったの?)
呆気に取られて見ていた廉に向かって、抱擁を解いたキーさんが紹介した。
「ワンさんだ。このホテルのオーナー。昔、お世話になったんだ」
何だか展開が急すぎて、廉は混乱した。
キーさんが種明かしした。
「今度の旅行の企画書を見て、シェムリアップの宿泊ホテルが、偶然ワンさんのホテルと気づいた。だからワンさんとは事前に連絡を取り合っていたんだ」
そこで付け加えた。「えっと、言ってなかったかなあ。明日のゴルフはやめて、アンコール遺跡の観光をするって――」
「そんなこと聞いてません!」
廉はきっぱりと言った。(タダでゴルフができるのに、それをキャンセルするなんて――)
キーさんがのんびりと言った。
「世界三大仏教遺跡といわれる、アンコールワットを見る絶好の機会だよ。それを逃す手はないだろう。――それにもう添乗員には、明日のゴルフはキャンセルすると言っておいた」
廉は、いよいよ呆気にとられた。そして怒りを覚えた。
(だいたい今度の旅行を持ちかけたのは、ぼくじゃないか。そのぼくに断りもなく、勝手にスケジュールを変えるなんてけしからん)
なおかつ、横で大人しく聞いている中国系らしい男が、キーさんと親密そうなのも気に食わなかった。
そんな
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