(5)無垢な男

初冬のある日曜日、小春日和に誘われて、植田昇は地元の町をぶらついていた。気温は低いが日差しが暖かだったので、外歩きは気持ち良かった。
歩道沿いに植えられたプラタナスの街路樹も、陽の光を浴びて、やわらかい影を舗石に投げかけている。
歩道の切れ目で、昇はふと足を止めた。
左手に袋小路があり、突き当りに古色蒼然とした喫茶店がある。サロン陶仙房、洒落た名前と古風な佇まいで、以前から気になっていた店だ。いい歳になっても気後れする彼は、これまで入ろうとして何度も二の足を踏んでいた。
(今日は思いきって寄ってみるか)
恐る恐るドアを開けて、足を踏み入れると、微かにラベンダーの香りがした。
照度を落とした室内の奥から、ロマンスグレーの老人が穏やかな笑みを浮かべながら、昇に声をかけた。
「いらっしゃい。お好きな席にどうぞ」
感じの良い老人だった。中背ほっそりとして、優しい目をしている。
昇はいっぺんにこの店が気に入った。

出されたコーヒーを飲みながら昇は、ぼんやりと物思いに耽った。
彼は63歳になる。長年勤めた証券会社で部長まで昇格したが、60歳でいったん管理職を退いて嘱託となった。給料は減るが、続けて働けるのは有難かった。今はシニア・アドバイザーの肩書で、資産運用のコンサルタントをしている。
ふと、5年前に急逝した山下専務が脳裏によぎった。
山下専務はなにかと昇の後ろ盾となって、彼を部長職にまで引き上げてくれた人物だった。性格的に淡白な昇は、専務がいなければ、とても部長にまでなれなかっただろう。
山下専務のことを思うと、菊座のあたりがもぞもぞとしてくる。
専務は、昇を男色世界に誘い込んだ人だった。温泉旅行に誘われた夜、女のように犯されたのがきっかけだ。
そのときは憤りよりも、驚きと戸惑い、そして恐怖を覚えた。自分よりひと回り大きな体に押さえ込まれ、激痛と奇妙な興奮のなかで、息を潜めていた。
昇が騒ぎ立てなかったのをいいことに、その後も専務は関係を迫った。
慣れとは恐ろしいものである。度重なる姦通に、昇はいつしか専務の嗜好に同化して、背後を犯されることに悦びを覚えていた。

(おや、あれは――)
室内を見渡して、神谷雄一はふと目を止めた。
幼馴染の小林一成を訪ねたあと、1階の喫茶店に降りてきたところだった。
「ユウ、知ってる人間か?」
一緒に降りてきた一成が、雄一の視線の先を追って訊いた。
「ああ、会ったことがある」
フフフ――。一成が含み笑いをした。
「ユウが好きそうなタイプだな。モノにする気か」
「バカ言え。一度会っただけだ」
一成から離れると、雄一は男の席に近寄った。

「日ノ本証券の植田さんじゃありませんか」
昇は男の声に顔を上げた。白髪の年配の男で、立派な体格をしている。
(どこで会ったっけ?)彼は記憶を辿った。
「ひと月ほど前、新宿の店でお会いした画家の神谷です」
「あ、神谷さん――し、失礼しました」
昇は慌てて、どもった。そういえば記憶がある。
「向かいの席、座ってもいいですか?」
神谷は訊きながら、昇が応える前に、席に腰をおろした。
「この前は、大変参考になるお話を聞かせていただきました」
「あ、いや――」
昇は口ごもった。

神谷雄一は、資産運用を日ノ本証券に任せていた。それで一か月前、新宿店に行ったとき、担当課長から植田昇を紹介されたのだ。植田は世界の金融情報に精通しているので、海外投資の参考になるという。
淡々と金融情勢を話すシニア・アドバイザーを前に、雄一の頭の中は別のことを考えていた。この60過ぎの男は、雄一の生殖腺を刺激した。
年齢よりずっと若く見える顔は、肌つやが良く、整った小造りの目鼻立ちをしていた。見るからに権謀術数とは無縁な、楚々とした風情がある。それに背は低いが、中肉の均整がとれた体つき。

サロン陶仙房で思いがけず植田に会ったとき、雄一は、確信に近いものを感じていた。こちらを見る眼つきや、年配者らしからぬ、はにかむような仕草、その端々に男色嗜好がある、と感じさせた。
雄一は店から出るとき、植田の腰に腕を回してドアのところまで歩いた。そして別れ際に、丸っこい尻をサワッと撫でた。――わずかに反応有り。

雄一は、童のように無垢な顔をした男が好みだった。そんなタイプの男を体の下に組み敷いて、自分好みの色に染めあげる。
現に彼の家には身の回りの世話をする、40代の可愛らしい男がいる。
雄一がたまに絵の指導をする、絵画教室の生徒だった。背は低いがほどよく肉がついて、プルンと弾力のある丸っこい尻に惹かれた。
雄一はときどき、この男の初心っぽい尻を押し開いて、肉欲を満たしている。

植田昇は神谷と会ったことで、休みの日はなんとなく、サロン陶仙房に足が向くようになった。
この日曜日も、昼の散歩の途中でサロン陶仙房に寄っ
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