私はリタイアしたあと、ゲイ小説の執筆活動と老人クラブの役員をして、老後の暇をつぶしている。
男好きである私は、現役時代、5人の男性と親密な関係を持った。
ではリタイア後はどうかと言うと、フリーになっただけに、あまり他人の目を気にせず、好みの爺さんを追い求めている。
かと言って、だれかれ構わずヤリまくる(失礼、下品な言葉でした)色気違いでは決してない。
その証拠に、私には心の声が聞こえる。
声が聞こえだしたのは、65歳になった頃である。理由は分からない。私の男漁りが過ぎたからかも知れない。
それはともかく、心の声は道徳的で、私の行動を諌めることが多かった。
66歳の現在、私は一人の爺さんに取り組んでいる。老人クラブで、ノボルさんと呼ばれている老人だ。中肉中背、品のある顔をして、人を疑うことを知らない性格の持ち主だ。
老人はノンケであったが、手練手管を駆使した結果、裸になってスキンシップを楽しむまでになっている。老人にとって裸の付き合いは、精神的にも肉体的にも一番の良薬である。
しかし今のところ私が老人と付き合う究極の目的、アナルセックスまでは行っていない。ま、何事も急いては事をし損ずる。焦らずじっくりと、時期が来るのを待っている。
それでも心の声は言う。
――これでまた、お前の毒牙にかかった爺さんが、一人増えたな。
(毒牙じゃない。独り身の淋しい爺さんを、慰めてやってるんだ。だから、毒牙じゃなくて愛の手だ)
――だったら使うのは手だけだな。真ん中の足なんか使うなよ。
(それは約束できん。俺はビッグフッドだからな)
――また、見栄を張っちゃって。並サイズじゃないか。
(男のランクはサイズじゃない。機能で決まるんだ)
――ああ言えばこう言う。とにかく、爺さんを泣かすのだけはやめろよ。
(そのへんは任せとけ。あ、善がり泣きはさせるけどな)
ところで一方、私が書いたゲイ小説をネット上に投稿していると、メル友なるものが増えてくる。
しかしこの実態の伴わない電子上の付き合いは、ときに大きな罠となる。
私は一度失敗した。ファンだという人物とメールの交換を初めて、最後にデートの約束をした。ところが実際に会ったところ、写真とは全く違う人物だった。
そのときは怒って即座に帰った。その後も相手はしつこくメールしてきた。一方的な愛の押し売りである。あまりしつこいので、とうとうメールアドレスを変えてしまった。
以来メル友は、良く知っている人物に限り、ネット上でファンだという人物とはメール交換をしていない。
それでも例外的に、ファンだというある人物とメル友になった。
きっかけはサイトの管理者からのメールだった。私の新しいメールアドレスは、その管理者にしか知らせていない。
管理者は、『古希爺』と名乗るファンのメール文章を添えて、「先方のメールアドレスを教えます。了解はもらっています、興味がおありなら、返事を出されてはいかがですか」と言ってきた。
文章を読んでみると、しっかりした内容で知性も窺えた。誤字脱字も全く無い。東京在住の70歳。高校で国文学を教えていたが、現在は完全リタイアしているという。
私はこの『古希爺』と名乗る人物が気になった。
――お前、やめとけ。また騙されるぞ。
心の声は忠告した。しかし道徳心より、スケベ心と好奇心が強かった。
そこで先方にメールしたところ、すぐに返信が来た。
「あなたからメールを頂けるなんて感激です――」などと殊勝なことを書いておきながら、文章の端々に、私に対する恋慕の情をしっかりとアピールしている。結構、したたかな爺さんである。
当初は、慎重に相手の実像を探っていた私は、そのうち相手を信用して、本音でメールの返信を出しだした。
相手が実名や電話番号、そして数枚の写真とボディーサイズを送ってきたので、私も同じように返した。私たちはいつしか実名の愛称で、カズさん(和彦)セイちゃん(清司)と呼び合っていた。
そして、10月某日、いよいよ会おうということになった。
――おい、いいのか?また騙されて、泣きを見るぞ。
(今度は違う。――それに万が一騙されたとしても、その時はその時だ)
私は心の声を、歯牙にもかけなかった。
会う日が近づいて来ると、相手のメール文面にもワクワク感が滲み出ている。
「もう心臓がドキドキして、仕方がありません。それに実際にお会いしたとき、カズさんが私を見てがっかりするのでは、と思うと心配でなりません」
70歳にしては初心すぎると思ったが、「そんなことはありません。あなたが気に入ったから、会うのです」と返信した。
(ま、おれがもてるのは仕方がないな。顔と才能に恵まれてるから)
すかさず声が聞こえてくる。
――奢れる男子は久しからず――。
私はその言葉を無視して、今度セイちゃんと会うときどんな服装で
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