その人物に出会ったのは、福岡支社に転勤して前任者と引継ぎの挨拶回りをしているときだった。
名前は岡田和義、東京に本社を置く企業の福岡支店、営業部長だった。
ずんぐりむっくりした固太りの体型、年の頃は50代の半ばくらいか。太い手足を見ると、柔道か何かやっていそうである。短くカットした胡麻塩頭や、大きく後退した額は、いかにも精力旺盛に見える。
岡田は人懐っこい笑みを浮かべて、私に話しかけた。
「榊原課長さんは立派な体格をされている。何かスポーツでもやられているのですか」
相手の日焼けした肉付きの良い顔を見て、私はさりげなく応えた。
「いえ、特にこれといって。ゴルフは少々やりますが、へたくそです」
「ご謙遜を。ではその内、ゴルフでお付き合いください」
それが岡田との付き合いの始まりだった。
私は会社重役の強引な勧めで、ある有力者の娘と結婚した。
妻はわがままかつ勝気な女だった。今回の転勤に際して、妻と二人の子供たちが東京に残ったのも、妻の性格からすれば必然のなりゆきだった。
実のところ、遠く九州の地で、家族と離れて一人暮らしをするのは、大いに歓迎するところだった。
私は年配の男性に、特別の思いを抱いている。
学生時代は男子寮の同室の後輩と、新婚生活のような関係を持った。その父親とも、ちょっとしたきっかけで漢(おとこ)の絆を結んだ。
しかし社会人になってからは、その方面のお付き合いは皆無だった。そうかと言って、発展場で束の間の快楽を得る勇気もなかった。
岡田部長から、お近づきの印に一献差し上げたい、と電話があった。
断る理由も無かったので、誘いに乗った。
連れて行かれたのは、和食の形式張らないこざっぱりした店だった。よく手入れされた白木のカウンターの向かいに、60年配の親父と70年配の小柄な爺さんがいる。どうやら二人だけで、店の切り盛りをやっているようだ。
岡田と私は、52歳と35歳という年齢差があったが、意外に話が弾んだ。それも岡田の形式張らない、ざっくばらんさに由るのだろう。
禿げ頭にチョビ髭を生やしたところは、ちょい悪小父さん風であるが、悪戯っ子のように輝く小さな目が、憎めない性格を思わせる。
岡田はすっかり私が気に入ったようである。それにアルコールが手伝って、親密感も露わに、私の身体をあちこち触る。
店を出たとき岡田は、「もう一軒どうですか?」と言って、私の手を握って歩き出した。肉付きの良い手で、意外なほど柔らかかった。
福岡支社に来たとき上司から、取引先との付き合いはほどほどに、と釘を刺されていたので、私は岡田に言った。
「部長、また今度ということにしましょう。今夜は失礼します」
「そうですか。では次回ということで――」
岡田はあっさりと引き下がった。
駅まで同じ方向だったので、岡田が先に立って歩き出した。大きな尻がもくもくと動いて、私の目を楽しませてくれる。
しばらく歩くと、岡田部長が振り返って、茶目っ気たっぷりに言った。
「榊原さん、ひょっとして私を追っかけてきました?」
「ええ、部長の手の温もりが忘れられなくて――」
とたん、岡田が朗らかに笑った。
「面白い人だ。ますますあなたが好きになりました」
その後も、岡田とは付かず離れずの付き合いが続いた。彼も東京に家族を残して博多に単身赴任だった。
私の会社は、取引先に発注する立場だったので、必然的に相手企業からの接待という形での会食やゴルフが多かった。
支社長は、取引先との馴れ合いを避けるため、接待を受けるのは最小限にしろ、と厳命していた。営業上どうしても必要であれば、こちらも経費を使え、ということだ。それで岡田との付き合いも、割り勘ということにしていた。
ある晩、岡田と二人並んで、夜の中洲をほろ酔い加減で歩いているときだった。通りの向こうから、夜目にも厚化粧をした芸者風の女がやってきた。女にしては大柄で、豊満な肢体を黒地にピンクの花柄模様の和服で包んでいる。
女はチラリとこちらに流し目を送って、通り過ぎていった。
岡田が言った。
「あれは中洲でも有名なオカマですよ」
「えっ、男なんですか!」
「騙されたでしょう。実際、あのオカマと寝て、最後まで女だと思っていた客も多い、と聞きます」
「――どうやって、ヤルんでしょうね」
「スマタですよ。男のほうは酔っぱらってるから、それに気づかず、ズコズコと致すってわけです」
「部長も寝たことがあるんですか?」
「バカな。博多の良識と言われている私が、まさかそんなことはしませんよ」
「でも、興味があるんでしょう――」
「榊原さん――今夜は、えらくスケベですね。ひょっとして、私の尻を狙っていません?」
「部長さえよろしければ、いつでもお借りしますよ。同じハカチョン同士ですからね」
ハカチョンとは博多チョンガー、つまり博多の単身赴任
[3]
次へ
[7]
TOP [9]
目次[*]
感想