(1)男子寮

大学時代、俺は学生寮に入っていた。
2年生から3年生に進級する春休み、寮の舎監に呼ばれた。
何事かと応接室に行ってみると、スーツ姿の年配男性と青いセーターを着た童顔の若者が、一斉に椅子から立ち上がった。ともに小柄で、雰囲気が似ているところから、親子だろうと推測した。
案の定、老舎監は、二人が親子であることを告げた。
「朝井晴高さんと息子の良一くんだ。良一くんは、きみと同室になる」
そこで舎監は直立不動の親子に腰を下ろすよう促し、おもむろに俺を紹介した。「榊原鉄平くんです。この春から3年生になる優秀な学生、と聞いております」
舎監はいたずらっぽく俺を見た。「きみは経済学部だったな?」
俺がうなずくと、舎監はつづけた。「良一くんも経済学部だ。先輩として、よろしく面倒を見てやってほしい」
父親のほうが丁寧に頭を下げた。
「世間知らずの息子です。どうぞよろしくお願いします」
その表情は、俺に対する愛情さえも感じられるほど親密なものだった。対照的に息子のほうは緊張気味だ。

それが朝井親子との初対面だった。
実のところ俺は、これから同じ部屋で過ごすことになる息子より、父親のほうに関心があった。小柄な身体を黒っぽいスーツで包み、品の良い顔をした年配者を前に、俺は肌の泡立つようなざわめきを覚えていた。

俺は、二人の姉と二人の弟に挟まれた、5人兄弟の長男として育った。父は厳格な人で、一緒に遊んでもらった記憶はほとんどない。そして俺は、いつしか年配の男性にあこがれを抱くようになっていた。
その気持ちが顕著になったのは、思春期に入った頃からだ。
股間のふくらみが目立つ美術の先生や、やさしい顔の校長先生を見て、密かに胸をときめかせた。
こんな気持ちは自分でも理解できないものだった。年配の男性で優しそうな人や柔らかいイメージのある人を見ると、心がざわめいて、何かありそうな淡い予感を覚えたりするのだ。

新しく寮に入ってきた朝井良一との共同生活は、順調に推移した。
部屋は6畳大の洋室で、クローゼットのほかに、鉄製の2段ベッド――俺は上のベッドを使った――と机替わりの台に二つの椅子があるだけだった。
朝井は礼儀正しくて、万事に控えめだった。その上きれい好きで、細々とした雑事も丁寧にやる。部屋の掃除や洗濯――俺の下着も含めて――天気の良い日は、布団干しまでした。
俺の分はやらなくていいと伝えても、朝井は、家事が好きですから、と頑固に続ける。早くに母親を亡くし、父一人子一人で生活してきて、小さいときから家事に慣れている様子だった。
「良一」「先輩」俺たちはいつしか、こう呼び合っていた。
俺は同室の先輩として、良一を庇護する立場にあった。そして、心配することがひとつあった。
それは良一が、若い男子学生たちの性欲の対象となりやすい容貌をしていることだった。
どことなく中性的で初心っぽい顔立ち。それに、ほっそりとした小柄な身体に、体毛は極端に薄く、きめの細やかな白い肌をしていた。
寮の共同風呂で一緒になれば、良一のきれいな裸体を目にして、よからぬ考えを起こす学生もいるだろう。
この頃の男子寮には、まだバンカラな校風が多少なりと残っていた。男同士の愛も無いとは言い切れない。

俺は良一に注意した。
「良一、気を付けろ。お前はまだ分からんかも知れんが、男同士の性愛というのもあるんだ。お前はきれいな体をしている。だから先輩の中には、お前に発情して、女のように犯そうとする奴が現れるかも知れん」
そして付け加えた。「何かあったら、俺に相談しろ」
このとき、良一は微妙な表情をした。
その表情が気になって、俺は訊いた。
「なんだ。何か気になるのか?」
良一は慌てたように答えた。
「いえ、特にありません。今後、気を付けます」

二人の共同生活が半年ほど続いたころ、良一の性癖に気づいた。俺を見る眼つきや、ちょっとした仕草――それは単に、先輩に対するものではなく、あこがれの人、あるいは恋人に対するように感じられた。
俺はワンゲルの部活を続けていて、その間、世慣れた先輩に連れられて、風俗店で女を経験した。それは性欲の解消になったが、自分から進んで行く気にはなれなかった。
俺の密かな想い――年配の男性に対する思いは続いていた。大学教授や講師の中にも、俺の気を惹く人物はいた。しかし、彼らとはなんら、発展の機会を見い出せていなかった。

確かに良一は、性別を考えなければ、理想の妻になりそうだと思った。
よく気が利くし、俺の好みも理解している。控えめで、従順で、決して出しゃばらない。それに加え、きれいな肌をしている。
それでも俺は、後輩と肉体関係を結ぶことに二の足を踏んでいた。
男との経験はないが、俺が性的な欲望を覚えるのは、年の離れた熟年男性に対してだけだった。まして、若い男が相手となると
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