栃木県の足利市を車で訪れた。
当市にある「あしかがフラワーパーク」はフジの花で有名である。とくに今年は、花の付きが良いように思う。
樹齢150年600畳敷きの広さの大藤棚は、圧巻である。
まさに一見の価値がある。
フジは長寿の木である。前に訪れた春日部市にある牛島のフジは、1,200余年の驚異的な樹齢を持ち、国の特別天然記念物に指定されている。フラワーパークのフジに比べると、さすがに花の勢いは衰えているとはいえ、今もって世界一と称賛される咲きっぷりであった。
ところでこのフジの花は、フジ(野田藤)とヤマフジの2種類あり、花序が長くしなだれるのは、フジのほうである。面白いのは、フジのつるは右巻きに対しヤマフジのつるは左巻きである。
そしてフジの花言葉は「至福のとき」「愛に酔う」等々――。
あ、私がこんなこと言ったら、また、あっちの方面の話になるのでは、と期待した人もいるだろう。確かに、フラワーパークの入場客に熟年男性が多くて、好みのお爺ちゃんの後を付けたりもしたけど――でも今回は、超真面目なお話である。
万葉集では、(サクラを詠んだ歌も多いけど)フジの花を詠んだ歌は26首ある。中でも大伴家持が詠った歌が有名である。
吾屋前之 非時藤之 目頬布 今毛見壮鹿 妹之咲容乎
これではチンプンカンプンであろう。万葉集の和歌はすべて漢字で書かれている。暇な人は、じっくりと解読されたし。
万葉の時代、春の花といえば、サクラと並んで、フジはなじみの深いものだったのだろう。「藤浪」と詠まれているものが多いが、春風にゆらゆらと揺れる下り藤を波になぞらえて、言い得て妙である。
話は逸れるが、万葉集では、男が男に「愛しい人よ」と呼びかけた歌が複数ある。
いずれも「我が背子」と呼びかけた歌で、通常男が女に呼びかけるとき使う言葉は「君」である。対して「背子」は、女が夫や恋人に対して呼びかけるものである。だから男が「我が背子」と詠むと、想い人の男に対して、ということになる。
さて、フジはマメ科のつる性落葉樹。その旺盛な生命力や豊潤な香りが、万葉の時代から愛でられていたのだろうが、後の平安時代では、むしろ色のほうが重宝されていたようだ。
藤色(淡い青味の紫色)が高貴な色とされたのは、平安時代からのようだ。藤原氏のように、藤のつく姓が増えてきたのも、この頃からだろうか。
紫式部の書いた源氏物語に、藤壺女御が登場する。帝の最愛の妻であり、光源氏の義母である。
ところで壺と聞けば、いやらしいことを連想する読者もおられると思うが、この時代は中庭のことを指す。
えっ、いやらしいことを連想するのは、神亀だけだろうって?もう――。
藤壺女御は、中庭に藤を植えた御殿に住まわっている女御という意味。ちなみに、桐壺更衣は光源氏の母親。また、紫の上は光源氏最愛の妻。
とにかくこの時代、藤とか紫のつく人物が多い。
家紋でも藤の花がよく使われている。下り藤や上り藤の紋章だが、藤の花はぶら下がっているので、下り藤が普通の形。上り藤の紋章は、縁起をかついで上向きにしたのだろうか。
実は下り藤に対して、上り藤の花があるのだ。花の名称はルピナス。和名は登藤という。花茎がすっと立った姿は、まさに天を指す藤の花。まるでナニが――あ、いや、何でもない。
多少の脱線はあったが、今日は最後まで超真面目にお話できた。
なお、この日は足利学校(日本最古の学校)や鑁阿寺(ばんなじ。足利氏ゆかりの寺)にも足を延ばして、人と自然と歴史にひたった一日であった。
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