第六章 風立ちぬ

ここは千代田の御城の内。
朝の評定会議が終ると、保科肥後守正之は、老中首座の酒井雅楽頭忠清を呼んだ。
「ちと、相談がある」
ところは城中参与の部屋。肥後守は前置き抜きに話しだした。
「二年前、江戸市中で起きた札差、両替商の押し込み強殺事件は、いまだ首謀者を捕らえていない。しかも盗まれた二万二千両もの金は行方不明だ。この件を鑑みると、どうしても慶安の変を思い起こす。賊どもは資金を集めて、幕府転覆の謀議を図っているのではないかと杞憂する。それともうひとつ、幕府内にも賊の手引きをしている者がいる、と思われる節がある」
雅楽頭は口を挟まず、黙って聞いていた。
肥後守はつづけた。
「ときどき使う者に、風間新之輔という男がいる。海滑藩の二代前の藩主、首藤宗定の落し胤だが、故あって浪人をしている。頭も切れて、腕も立つ。この男を使って、この件を調べさせようと思っている。どうか幕閣からも、便宜を図ってもらいたい」
「しかし、浪人者を使うのは、抵抗があります」
雅楽頭は渋ったが、肥後守は強く言った。
「いや、浪人者だからこそ、隠密行動ができる。幕府の人間を使えば、敵もすぐ気づく。それに新之輔は、南龍公とも面識がある」
雅楽頭が驚いた顔をした。
「南龍公も疑われておられるのですか」
「念のためだ。では、風間新之輔を使うことで、よろしいな」
「肥後守さまの御意のままに」
雅楽頭は頭を下げた。
重ねて肥後守は念を押した。
「それから、このことは極秘にしたい。雅楽頭どのの心の内に留め置かれよ」
「分かりました。ただし、若年寄だけには伝えておきまする」
「それは好都合だ。少し金がかかるからな」
二人の密談は終わった。
これまで四代将軍家綱を支えてきた、叔父の保科正之や寛永の遺老といわれる家光時代からの大老や老中が年老いたあと、若手幕閣があとを引き継いだ。その筆頭が、酒井雅楽頭忠清であった。
肥後守は幕閣内の勢力関係を見て、雅楽頭に相談する形を取ったのだ。

(一)

風間新之輔は、芝の海寄りにある会津藩の中屋敷に来ていた。これまで肥後守は、秘密を要する話は、御城の内にある上屋敷ではなく中屋敷を使っていた。そのことを知っている新之輔は、心構えしていた。
座敷で対面すると、肥後守は立ち上がって、「ついて参れ」とひとこと言った。
新之輔は、先導する御前のあとについて歩いた。長身の新之輔の視線から、小柄な御前の頭頂部が見える。
(だいぶ薄くなったな)ふと思う。

導かれた先は茶室だった。
新之輔の体格では、狭い入口から入るだけで一苦労だ。わずか畳数枚の狭い空間で、肥後守と膝を交えるような距離で向かい合う。
以前、情を交わしたことのある身体をすぐ前にして、艶めいた息苦しさを覚えた。
「余を襲うでないぞ」
新之輔の心を読み取ったように、肥後守がくぎを刺した。
肥後守の少し疲れたような顔を見て、新之輔は言った。
「ご心労、お察しいたします」
肥後守は、じろりと新之輔の顔をにらんだ。
「その言葉に真はあるのか。大井宿では賊を皆殺しにしおって。その方はただ、暴れたかっただけだろう。強すぎる精の捌け口にな」
「御前が昔のように衆道のお相手をしていただけたら、少しは過剰な力も抜くことができるのですが」
「嫌なことを思い出させるな。あれは悪夢であった」
肥後守は顔をしかめた。そこで改めて「次の仕事だ」と言った。
「御前は分別のあるお方ですから、一介の浪人者に、身に余るご命令は決して出さぬと信じております」
「そのほうの口から、分別という言葉が出てくるとは驚きだ」
「何を申されます。分別のある御前とお付き合いしてながくなります。分別は充分学んだつもりです」
肥後守はあきらめたように手を振った。
「もうよい。それで、受けるのだな」
「いくらでござります」
「なにい」
「報酬の話でござります」
「そんなことなら、藤兵衛に聞け」
「あれはしわい」とつぶやいて、新之輔は声に出した。「五十両いただきます。もちろん宿代その他経費は別にして」
「なにっ、五十両!」
肥後守は声を上げた。そして、あきらめたように言った。「それでいいんだな」
「ははっ!」
新之輔は意を強くして、返事をした。
肥後守は淡々として言った。
「そのほうに与える金子は、若年寄も了解して、幕府の勘定方から出る。安く収まって、勘定方も喜ぶだろう」
「御前――ちょっとお待ちください――」
慌てて新之輔が訂正しようとすると、それを遮って、肥後守は爽やかに言った。
「武士に二言はない、と言うのう」

肥後守が本題に入った。
「千住の寺に隠された金は、何者かの手によって持ち去られていた。賊の残党が持ち去ったものと思われる。二十二個の千両箱だ。運ぶのに、それなりの人数がいたのであろう。このままでは慶安の二の舞となる恐れがある」
肥後守が言
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