ここは秩父山間の尼寺。海滑藩で長年奥女中をしていたお伝の方は、床に伏し、五十三年の生涯を閉じようとしていた。部屋には医師のほかに、二人の侍、部屋の隅にはお世話係の縫が控えていた。
目を閉じたお伝の方の唇から、ふっと細い息がこぼれ出て、そのまま凝固した。医師が近づき、お伝の方の手を取った。そして静かに言った。
「ご臨終です」
その帰り、尼寺の石段を下りながら、年長のほうの侍がもう一方に命令した。
「先ほどお伝の方から聞いたこと、他の者にも言っておるやもしれん。念のためだ、寺におる者全員を抹殺せよ。討ち漏らしのないよう、一人生かしておいて、逃げた者がいないか顔を確認させろ」
「はっ、風魔の者を使います」
次の夜、尼寺は正体不明の賊に襲われた。全員、濃い柿渋茶色の服を着て、残忍そうな顔つきをした男たちだった。
またたく間に、庭師など小者の男たちは首をはねられ、女どもは奥の部屋に閉じ込められた。十六歳の縫もその中にいた。
敷地内を調べつくした男たちは、女どもが閉じ込められた部屋に入っていった。
部屋の中で何が行われるのか――一刻あまり、女どもの喘ぎ声や悲鳴が続いた。男どもが獣欲を満たせば、あとは死が待つのみだった。
静まり返った暗闇の中で、かすかに虫の音が聞こえた。縫は痛む身体を引きずって、音の方に近づいた。
外で「うっ!」という声が聞こえた。板戸がわずかに開けられた。
「縫、逃げるぞ」
縫の父親、多七の声が聞こえた。父はわき腹に深い傷を負っていた。小者の多七は若いころ、海滑の里の者として、隠密修行をしたことがある。
二人は裏山に逃げた。縫が足を引きずっているのを見て、多七は言った。
「縫、男が何を求めるか、身をもって知ったであろう。いいか、ほと(女陰)は女の武器だ。その武器を使って、生き抜け」
多七は苦しそうな息を吐いていたが、熊笹で覆われた斜面に苦労して横穴を掘った。
縫を穴に入らせると、水の入った竹筒を渡した。
「縫、二、三日はここで過ごせ。襲った男どもは忍びだ。おそらく人家までの道は、しばらく見張られているはずだ。逃げるときは山奥に入り、大きく回り込んで遠くの里に出るんだ」
穴の入口が塞がれた。縫は、人ひとり横たわれるだけの空間で身体を丸め、ひたすら時の経つのを待った。
三日後、穴から出た縫は、山の中をさ迷った。水しか飲んでいないので、足元がおぼつかなかった。
川に降りようと、渓谷の縁に差し掛かったとき、枯葉に足を滑らせた。
縫は崖を転落して、激流に呑み込まれた。
重吉は秩父の山で移り住む、六十二歳の山の者だった。
その日も山菜取りに出かけたとき、河原に打ち上げられた小娘を見つけた。衣服はぼろぼろになって、裸同然の姿だった。顔色は蒼白だが、浅く息をしていた。
重吉は着物を脱いで小娘の身体を包むと、草庵に運んだ。娘の冷え切った身体を暖めるため、薪を焚きつけた。湯を沸かして、薬草を湯に落とした。木の椀に注ぎ、小娘を抱き起して飲ませた。そのあと娘はこんこんと眠った。
若いだけに、縫の回復は速かった。
助けてくれた老爺は、素朴でぶっきらぼうだが、親切だった。この年老いた重吉と、ひと月近く山の中で生活した。父の身が心配だが、確かめようがない。
縫は夜が怖かった。穴の中で三日間身をひそめていた時の記憶が、夜を拒ませた。
すぐ横には重吉が眠っている。身を摺り寄せると、重吉が目を開けた。
「寝付けぬのか」
重吉は、震える縫を憐れに思った。抱き寄せて、身体を擦ってやった。
六十を過ぎているといっても、山で暮らす頑健な身体である。男の血が騒いだ。そのとき縫の目つきを見て、重吉を受け入れる気持ちが伝わってきた。
六十二歳の重吉は、小娘の体を押し開き、淡い翳りに割って入った。
(一)
渓流から流れ落ちる瀑布の下に、一個の裸体が印を結んで立っている。身を切るような冷たい水に打たれ、ごうごうたる滝の音に包まれたそこには、雑念など入り込む余地のない厳しさがある。すべてを脱ぎ去り、生まれたままの姿に帰ってこそ、心の悟りを掴み得るのだ。
昨夜降った雪で、辺りは白一色の銀世界となっていた。そうでなくとも秩父の山奥は、ことさらに寒い地域であった。
水から上がった風間新之輔は、河原の焚火に枝木を足して、炎を大きくした。
濡れた身体が乾くと、衣類を身につけた。出立のとき嘉平が用意してくれた、黒の袷に渋茶の小倉袴、黒足袋草鞋もすっかり色褪せている。
流れの近くにある草庵に戻った。細い木と草で作った簡単なものだ。
食事の用意にとりかかる。山に入るとき、料理用の鉄鍋と米、味噌、塩を持ってきていた。あとは山に住む獣や魚、食べられる野草など、現地調達で賄った。
これよりひと月ほど前、牢屋敷に入れられていた新之輔は、唐突に無罪放免となって牢を出された。秋明も一緒だっ
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