「肥後守と子龍が、そろって日光社参する。占筮(筮竹で占うこと)で好機と出た。幕府を揺さぶるいい機会だ、二人を血祭りにあげよ」
「しかし、相当数の警固の者が付いているのでは――」
「大名行列ではない。せいぜい付いて、侍十数人と聞く」
「出雲屋のほうはいつ動きますか」
「神無月に入ってやる。肥後守たちを葬ったあとだ」
浅草花川戸の小さな船宿で、二人の男が密会していた。店の老夫婦は、二人の客に酒とつまみを用意したあと、のれんを仕舞って店を閉めた。
客の一人は白髪細面、六十半ばほどの老爺である。京の陰陽師、土御門通斎と名乗っているが、本家との繋がりは不明である。
もう一人は笹井宝山、通斎より一足早く江戸に来ていた。
密談は四半刻で終わった。通斎は江戸の隠れ家としている船宿に残り、宝山は桟橋から猪牙船に乗って立ち去った。
笹井宝山は竹内惣九郎の旗本屋敷に戻り、奥の一軒家に向かった。藪で鳴いていた虫が、いっせいに鳴きやんだ。
部屋にいた修験者の一人が宝山に気づいて、立ち上がった。
「客人二人が奥の部屋でお待ちです」
宝山は、うむと頷いて奥に行った。
部屋には、徒目付の小沢直作ともう一人の侍が酒を飲んでいた。
「だいぶお待たせしたようだな」
「なあに構わん、酒を馳走してもらった」
小沢は言って、一緒にいる男を紹介した。「柳生左馬之助だ。名前の通り、柳生新陰流を遣う」
左馬之助が軽くうなずいた。年の頃三十くらい、体格のよい目つきの鋭い男だった。
「ほう、柳生の家の者か」
宝山が言うと、左馬之助が初めて口をきいた。
「遠い血筋でござる。柳生家のはぐれ者だが、腕は一番と自負している」
挨拶もそこそこに、小沢が本題に入った。
「与力の小西半四郎は左馬之助が斬った。これで町方の筋は絶った」
宝山が小沢をじろりと見た。
「もう一人の同心は、浪人者に斬られたそうじゃないか」
小沢は少し驚いたようだ。
「よく知っていたな。その浪人者は、風間新之輔という男だ。八丁堀の町医者と繋がりがあるまでは分かっている。心配ない、手は打ってある」
宝山はうなずいた。
「ふむ、それで伊勢屋のほうはどうだ」
「牢にいる弥太郎は死罪になるだろう。念のため、店の者たちも始末するつもりだ。蔵にはまだ六千両ほど残っているので、それもいただく。それより――」
小沢は声を潜めた。「出雲屋はいつやる?」
「十月だ。導師は、その前に肥後守と子龍を殺れ、と言っている」
「やるのか。日光には何人送る」
「五人ほどで闇に紛れてやる。気が弛みそうな帰路の宇都宮宿あたりだ」
「五人で大丈夫なのか」
「手練れを送る。道場稽古しか知らぬ侍など、相手にはなるまい」
小沢は締めくくるように言った。
「分かった。伊勢屋の店の者を始末するのは、出雲屋を襲うのと同時にやる。そのほうが町方の動くまえに片づけられる」
(一)
夏の陽が傾き、仕事帰りの職人や棒手振りの姿が増えてきた。
風間新之輔は、本所からの帰り道、ふと思い出した。
「そうか、今日は嘉平の帰りが遅いのだ」
碧雲亭に同居する嘉平が、品川の知人宅に行くので帰りが遅くなる、と言っていた。歩を緩めたところで、一軒の縄のれんが目についた。
新之輔は、ふらりと店に入った。
店を出たあと大川のほとりに来た。土手では夏草が風になびいて、ざわざわと耳障りな音をたてている。風と共に土埃が舞い上がった。
暗青色の雲が夜空に流れ、月が陰った。俄かにあたりが暗くなる。
ふと、新之輔は足を止めた。
暗がりの向こうに人の影がある。三人の男が近づいて来た。見知らぬ顔だった。着物、袴とも濃い柿渋茶色の異様ないでたちをしている。
新之輔は身構えて、刀の鯉口を切った。
三人は新之輔を囲むようにして、刀を抜いた。新之輔と知っての襲撃のようだ。
いきなり正面の敵が切り込んできた。だがそれは誘いだった。
刃を合わせに新之輔が踏み込むと、正面の相手はすっと退き、左右から無言の切込みが襲ってきた。
一刀をかわし、一刀を撥ね上げたとき、ふたたび正面の敵が踏み込んでくる気配に、新之輔は素早い一撃を送った。
敵の腕を打つ手ごたえがあった。
くぐもった声をあげて、相手は後ろに飛んだ。と同時に、右手の敵が踏み込んできた。
三つの影は瞬時も、じっとしていない。連携した動きに、熟練の技がうかがえた。剣の使い方から、忍びの者のようだ。
しかし新之輔は、敵の動きのつながりが見えてきた。
正面の敵が切り込んできたとき、その動きに応じず、不意に身を沈めて左から切り込む敵の胴を払った。充分な手ごたえを感じつつ、休まず右に振り向いた。
すぐ眼前に白刃が落ちてきた。それを擦り上げるように刀を合わせ、相手の肩を切り下げた。間を置かず正面の敵が迫ってきたが、手負いで動きが鈍っていた。
新之輔の白刃が敵の面を撃った。
新之輔
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