(六)
梅雨が明け、通りも紫陽花の紫から百日紅の紅に色変わりした。とたん、物の影もくっきりとして、海滑の城下町はまばゆい日差しに包まれていた。
その日は朝から城内に、緊張感が漂っていた。
藩は収入を上げようとして、いくつかの制度改革を行ったのが、百姓やほかの領民たちの不満を募らせていた。
その急先鋒にいたのが、首藤宗顕だった。宗顕は民百姓の声を聞き、彼を慕ってくる若い藩士たちを啓蒙し、そして藩に対して厳しい意見を具申しようとしていた。
その具申書を携えて、今日、首藤宗顕が城に来るのだ。
対する藩主の首藤頼宗は、あくまで強硬路線を突っ走ろうとしていた。
頼宗と叔父の宗顕が顔を合わせたとき、何が起きるのか。
いまや一触即発の状態だった。
家老の長尾将左衛門は近習たちを前に、どんなことがあっても宗顕さまをお上とふたりきりにさせるな、ときつく達しを出した。
そして新之輔だけを別室に呼んで命令した。
「よいか、宗顕さまが無理やりお上に会おうとしたなら、かまわぬ、切り伏せよ。これはお上も承知の上意である」
下城する昼七つの刻(午後四時)が迫る頃だった。
ふと異様な気配を感じて、新之輔は立ち上がった。遠くで言い合う声が聞こえてきた。そして静かになった。
新之輔は仕切りの襖に近づくと、近習部屋に声をかけた。
「何事か?」
「分かりませぬ」と緊張した声が返ってきた。
新之輔は仕切りの襖を開けた。若い近習がふたり、緊張した面持ちでこちらを見ている。
(――来る)
新之輔は近習部屋の向こうに、人の来る気配を感じた。
「ふたりともこちらに来い。お上をお守りするのだ」
新之輔は鋭く言うと、近習部屋に向いたまま後ずさりして、肩衣を外し、足袋を脱いだ。足袋を履いたままだと、いざという時、畳に足を滑らせる恐れがあるからだ。
そのまま奥の襖際まで後退して、頼宗に声をかけた。
「お上」
「――何事じゃ」
不機嫌な声が聞こえた。
「宗顕さまが参られたやも知れませぬ。近習ふたりをそちらに寄越します。何かあれば奥の出口から外へ――」
(お逃げください)と言おうとして、言葉を変えた。「――出て頂きます。そこに警護の者がおりますゆえ」
自意識の強い頼宗を考慮した言葉遣いだった。逃げろなどと言えば、怒り出すだろう。
襖を開けて近習たちがお上の部屋に入ると、素早く襖を閉めた。それから近習部屋に移った。
そのとき、向かいの襖が開いた。
首藤宗顕が立っていた。左手に朱塗りの太刀を持っている。
ふたりは部屋の中央で対峙した。
新之輔も大きいが、宗顕も大きい。髪を総髪にして、眼光が鋭かった。
「そなたが風間新之輔か。強いそうだな」
宗顕は鋭い目つきで新之輔を見た。「それに、大きな男だ」
「――」
「そこをどいてくれ。頼宗に話がある」
「通すことは出来ませぬ」
言ったあと、新之輔は腰を落とし気味に、脇差の鯉口を切った。
「ほほう、脇差で余の相手をいたすと申すか」
宗顕はのんびりと言った。「ならば力ずくで通るしかないのう」
悠然とした態度で、宗顕は羽織を外し、膝を立てて左右の足袋を脱いだ。
立ち上がると、刀を抜いて鞘を投げ捨てた。
そして正眼に構えた。
先ほどまでの雰囲気が一変した。
全身に鋭い剣気がみなぎっている。
宗顕の構えを見て、新之輔は身体が総毛立つのを覚えた。真剣勝負をするのは久しぶりだった。
それに、心理的に戦い辛かった。首藤宗顕は顔の彫りが深く、兄の宗定の面影がある。
宗顕と対峙していると、大恩あるご前と戦っているような錯覚に陥った。
新之輔の逡巡を見てとって、宗顕が口を開いた。
「どうした、憶したか。ならばこちらから参る」
宗顕がすっと前に出て、間合いを詰めた。足さばきも見せない素早さだった。
剣の切っ先が新之輔の喉元に迫った。
かろうじて切っ先を払い、新之輔は円を描くように左に移動した。
これは、右利きの相手をするときの鉄則だ。相手が刀を使おうとすれば、脇が開いて隙が生じる。
脇差を下段に構えながら、新之輔は宗顕との間合いを測った。
太刀と脇差では刃渡りが違う。脇差で太刀の相手をするには、どうしても間合いの内に入らねばならない。太刀の鋭い切っ先をかいくぐらなければ、こちらの刃は届かない。
ふたりが最初と入れ替わった位置にきたとき、新之輔はすっと退いて、敷居を越え、隣の部屋に入った。
新之輔は敷居から半間離れたところで止まった。この位置であれば、長い太刀の攻撃も限られてくる。上から振り下ろそうとすれば、鴨居に食い込んで太刀の自由が利かなくなるだろう。
そのことは、宗顕も気付いたようだ。
「ちっ、小癪な!」
宗顕は畳を蹴ると、真っ直ぐ突きを入れてきた。
それを避けて後に下がると、上から剛刀がうなりをあげて振り下ろされた。
新之輔は素早く刃を返して、受け止めた。
ガ
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