カシッ!小気味よい音とともに、白球が高い弾道を描いて飛んでいく。
横尾昭一は球の軌道を目で追って、落下地点を確認した。球の芯をとらえた感触に、調子のよさを感じる。
今日は昼から雨になるというので、朝のうちにゴルフの打ち放し場に来た。
横尾は62歳、背はやや低いほうだが均整の取れた身体つきをしている。昨年、長年勤めた会社を定年退職して、今は週3日の非常勤の仕事についている。
横尾は現役時代、中道をモットーとしていた。一方に偏らず、友愛を大切にする。そのせいではないだろうが、あまり目立った存在ではなかった。仕事もそこそこ出来たが、大きな業績は無い。高校、大学と通じて部活で水泳競技をしていたが、地区の大会止まりだった。
つまり彼は、平均的には優れているが、飛びぬけた位置にはいなかった。彼自身も、そのことは十分認識していた。
その彼がどういう訳か本部長に目を掛けられた。
本部長の水原専務は、頭脳明晰、毛並みの良いエリートだった。彼は常々言っていた、左脳だけでなく右脳も使えと。言葉や計算能力は左脳の分野で、分析したり論理的に考えたりできる。しかしこれだけでは、平均点の業績しか上げられない。業績を飛躍的に上げるためには右脳が必要だ。右脳は感覚的、直観的能力に優れ、総合的判断力もある――と言うのだ。
左脳型人間の横尾には、耳の痛い説だった。几帳面で努力家の彼が、突然右脳的能力を発揮することは無理だ。
しかし彼は専務の覚えめでたく、50歳になったとき部長に引き上げられた。
実は、これには裏があった。水原専務は小難しいことを言うが、腹の底では横尾の肉体に惚れ込んでいた。背は低いが、若いころ水泳で鍛えた締まった身体は、衣服を着ていても歩く動作のはしばしに見て取れる。
最初はちょっとした接触だった。肩に手を置いたり、腰に腕を回したり。そのうち尻を撫でられるようになった。そして社内旅行で専務の部屋に呼ばれたとき、初めて男色行為を強要された。
もともと嫌いなほうではなかった。横尾昭一は、専務の手慣れた口淫を受け、ついには豊満な尻の狭間に性器を挿入した。
男の後ろがこんなに刺激の伴う、気持ちのいいものとは思わなかった。それに、いつもは頭の上がらない専務を組み敷いて、背後から攻め立てるのは、ある種の快感だった。
その後、二人の秘密の行為は、水原専務が会社を退くまで続けられた。
マンションのシニアクラブには、同じ階に住む伊藤会長に誘われて入会した。彼が好意を寄せる老人に誘われたのなら、断りようがない。
昨年の春と秋のシニアクラブのゴルフコンペでは、初参加して連続でベスグロ賞を取った。現役のときはもっぱら接待ゴルフで、せいぜい月2回程度ゴルフに出かけたが、会社をやめてからは毎週日曜日にゴルフ場に通っている。彼は、荒川河川敷のゴルフ場の会員権を、安い費用で買っていた。
そして、現役時代は目立たなかった彼が、シニアクラブでは一番ゴルフがうまいということになって、ゴルフの練習にも熱が入った。
「お早うございます!横尾さん、お早いですね」
声を掛けられて振り向くと、シニアクラブの副会長、木原正人の姿があった。
「あれ、木原さん、ゴルフをやられるのですか?」
横尾が声を掛けると、木原はひょいと肩をすくめた。
「ゴルフは卒業したつもりでしたが――最近、グラウンドゴルフの同好会に入れとしつこく言われていまして。それで、グラウンドゴルフはまだ早い、ぼくはゴルフをやっていると言ったら、伊藤会長が、じゃあ今度のゴルフコンペに参加してよ、ということになっちゃって――」
そこで木原は、同行するふたりの年配者を紹介した。「清水孝夫さんと義男さん。シニアクラブの新会員です。今度のゴルフコンペに参加します」
挨拶が終ると、木原は二人に言った。
「じゃあ、孝夫さんと義男さんはそちらでやってよ。ぼくはこちらで打つ」
ちょうど横尾を挟んで並んだ打席だった。
横尾はボールを打ちながら、前の二人の様子を観察した。
二人とも中肉中背。少し太めの孝夫と呼ばれたほうは、お尻に力を貯める、独特のスイングをしている。バックスイングのとき、ググっとお尻の肉が後ろに突き出て横に開く。もう一人の義男は、力の入らない滑らかなスイングをする。丸っこいお尻の動きも安定している。
先に練習を終えた横尾は、椅子に腰かけて木原の練習を見物した。
木原は7番アイアンを使って、球を打っていた。打球は真っ直ぐ飛ぶのもあれば、右に曲がったり、左に曲がったりして、安定性がない。
(だいぶ苦労しそうだな)そう思って見ていた横尾は、木原が一球一球、微妙にスタンスを変えて打っているのに気づいた。
(えっ、意識的に球筋を変えてるの!)もしそうであれば、すごい上級者ということになる。ふと昔、水原専務が言っていたことを思いだした。
企業人が
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