(5)密会

内田修平はベッドに横たわり、夜の闇に包まれて、なにやら寝言をつぶやいていた。80歳になって夢を見ることは滅多にないが、その夜は珍しく夢を見た。
夢の中で、工場長の大きな身体に抱かれていた。実際には修平の背が高いのに、夢では工場長のほうがはるかに大きかった。「本当に入れていいんだな」工場長の言葉に、修平は唾をごくりと呑み込んだ。「はい」「よし、入れるぞ」工場長が背後から入ってきた。ああっ!

そこで目が覚めた。
夢が覚めてからも、暖かい工場長の余韻にしばし浸っていた。
彼はスタンドの明かりをつけ、サイドボードの上にある写真立てを手に取った。
工場で働いていた頃の古ぼけた写真だった。50人ほどの男女が3段に並んでいる。前列中央に工場長がいる。修平は工場長から二人置いたところにいる。
口ひげを生やし、父性愛に満ちた工場長の顔。修平はしばし回想にひたった。

修平が30歳の頃だった。その頃、彼はすでに妻帯して、子供も一人いた。修平は面長、鼻筋の通った、古風なタイプの男前だった。工場には若い女性が多く、修平は彼女らに人気があった。
修平はこの頃、何度か浮名が立ったが、それは彼の意志ではなく、女性の方から仕掛けられたものだった。
そんな時、悪い女に捕まった。鈴木睦子は総務課で働く36歳のオールドミスで、かねてから修平に片思いしていた。工場内の催しがあった夜、修平は睦子の手練手管に引っ掛かって、連れ込みホテルで関係を結んだ。
修平はそれで終わりと思っていたが、女のほうが騒ぎ立てた。女の操を奪っておいて逃げるとは卑怯だ。奥さんと別れて責任を取りなさい、と迫った。
律儀でおとなしい修平は、家庭の崩壊を恐れて、すっかり困り果てた。

ある日、修平は工場長の部屋に呼ばれた。どうやら噂を聞きつけた工場長が、真偽のほどを確かめるために、修平を呼んだようだ。
工場長の木原敏郎は、修平より8つ年上の38歳、工場長としては異例の若さだった。しかし、その父性愛に満ちた顔同様、彼は統率力に優れ、相手を大きく包み込む度量もあった。
木原は修平の話を静かに聞き、ときおり鋭い質問をした。
修平の話が終わったとき、木原はきっぱりとした口調で言った。
「よし、鈴木睦子の件は私がなんとかする。君は余計な心配をせず、工場の仕事に専念しなさい」

その後、睦子のほうからは何の連絡もなかった。まるで修平とのことは、最初から何も無かったように、彼女は総務課で淡々と働いている。
(工場長はいったい、睦子に何を話したのだろう?)修平は、狐につままれたような気がした。
しかし、修平が親しくする古参の小山が、秘密を暴露した。
「それはお前、工場長が有無を言わさず、女にのしかかったんだよ。あの工場長に抱かれれば、どんな女でも反抗できなくなる」
まさか、と思ったが、木原工場長の精力的な身体つきを見れば、あながち荒唐無稽なこととも思えない。
それはともかく、その一件以来、修平は工場長に重用されだした。工場運営の重要ポストに抜擢され、修平もそれに応えて死に物狂いで働いた。そしてまた、木原の人柄を知るにつけ、心酔するようになった。木原の命令なら、たとえ火の中でも飛び込むつもりでいた。

しかし修平が、どうしてもかなわない社員がいた。次長の堀田守は、木原工場長の右腕的な存在で、いつもそばに付いていた。
出張や商談などに同行するだけでなく、社内旅行の宿も必ず工場長と同室だった。修平はプライベートで木原の自宅を訪れることがあったが、そこで堀田の姿をよく見かけた。木原は堀田をマーくんと呼んでいたが、木原の一人息子もマーくんと呼んでいるのが分かって、ますます二人の親密ぶりが伺えた。
堀田は背が低く、ずんぐりむっくりした体型の男で、見た目さえなかった。あんな男のどこが優れているのだろう?それは修平の抱く大いなる謎だった。
そんなとき、社内情報に通じている小山が、またまたびっくりするようなことを言った。
「それは、お前が堀田にかなわないはずだ。二人は肉体的に結ばれてるんだ。工場長は女も男も嗜まれる。ほら、織田信長と森蘭丸のように、衆道の絆は何よりも強いって言うだろう?」
これも信じがたい話だったが、その後二人の様子を注意して見ていると、小山の話もあながち絵空事でない気がしてきた。
(いつかは私も――)修平は、崇拝する木原工場長が求めれば、いつでも身体を委ねるつもりでいた。
しかし結局、木原敏郎が工場を去るときになっても、修平は工場長から身体を求められたことは、一度もなかった。

――*――

昼下がり、河合昌介は、鶯谷の裏通りに来ていた。あたりは何やら曰くありそうな、妖しい雰囲気に満ちていた。その並びにある一軒の古ぼけた宿に、彼は人目を忍んで入っていった。

黄色っぽいスタンドの光に、壮年の覇気をにじませた男の裸
[3]次へ
[7]TOP [9]目次
[*]感想
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.35b