宮内俊夫は区役所に早出して、旅行の準備に余念無かった。
今日は、区内の老人クラブ連合会の鬼怒川温泉への一泊旅行である。総勢40人ほど、各老人クラブの会長あるいは代理人が参加する予定だ。区役所側からは、福祉部長と高齢福祉課長の宮内が参加する。
連合会主催なので、宮内たちはゲストの立場だが、高齢福祉課は連合会の実質的な事務運営をしている。だから宮内は、いつも大忙しだ。パソコンの得意な彼は配布資料の準備をしたり、お土産の粗品をバスに積み込んだりする。
宮内は子供時代、お爺ちゃん子だったので、老人たちに接する今の仕事は嫌いではない。だから連合会のこまごまとした仕事も、自ら進んでやっている。
準備作業が一段落して玄関ホールで一息ついていると、一人の老人が声を掛けた。
「宮内さん、お早うございます。今日はお世話になります」
ツインパレス根津の老人クラブ会長、伊藤英文だった。マンションは宮内の家の近くにあるので、ときどき伊藤の姿を目にする。
「お早うございます。今日は伊藤会長自らご参加ですか」
「ええ。昨年は都合が悪くて、木原副会長に参加してもらいましたが、今年は大丈夫です」
木原が来ないことを知って、宮内の胸のうちで、安堵する思いと落胆する思いが交差した。木原のことを思うと、いつもざわめいた気分になる。
伊藤は、他の老人クラブの見知った顔を見つけて、そちらに歩き去った。
バスのスタートは8時の予定だが、30分前には、6,7人ほどの老人たちの姿が見られた。宮内は玄関前に設けられたテーブルで、参加者の受付を手伝った。
バスは定刻に出発した。今回は珍しく一人も欠けることなく、予定者の全員が参加している。
バスのマイクを使って老人クラブ連合会長の挨拶が終わったあと、区側から宮内が事務連絡事項を告げた。
話を終えて座席に落ち着くと、ホッとした。あとは鬼怒川温泉に行く前に寄る、東武ワールドスクエアまでゆっくりできる。バス運転手との事前の打ち合わせで、渋滞情報を聞きながら、臨機応変にルートを変えて走ろうと決めていた。
バスは本郷通りを北に向けて走った。王子から首都高に入って、川口線経由で東北自動車道に入るルートだ。
何気なく窓外の景色を見ていた宮内は、駒込の陸橋の先に見える青いタイル貼りの建物に気づいて、ドキリとした。
2年前の夏の出来事が、まざまざと蘇ってきた。
ある老人クラブの催しで、宮内が六義園に来たときだった。区のサービス事業の一環で、老人たちを案内して回ったのだ。
案内が終って、宮内はひとり地下鉄の本郷駅に向かった。
そのとき、老人クラブの男が一人、自分も駅まで行くと言ってついてきた。
立派な体格をした男だった。それに宮内が理想と思うような、父性愛に満ちた良い顔をしていた。男は木原と名乗った。
道すがら、木原は心地良い声で話しかけてきた。
当時、宮内は53歳、対する木原はちょうど10歳年上の63歳。その歩きぶりからすこぶる体調が良いのが窺える。男が年長にもかかわらず、宮内は自分のほうが老いぼれのように感じた。
その日は真夏日で、気温は35度を超えていた。木原はハンカチで汗を拭きながら宮内に言った。
「今日は格別に暑いですね。どうです課長、そこのサウナにでも寄って、汗を流しませんか」
そして返事を待たず、宮内の腰に腕を回して、本郷通りから線路沿いのわき道に入って行った。男の大きな手は奇妙な包容力があって、腰を抱かれていてうっとりとするような安心感がある。
木原は、宮内の腰に腕を巻き付けたまま、店のガラスドアをくぐった。
前に来たことがあるのか、慣れた様子で10円玉を入れて、下足箱を開ける。次いで宮内のために、もうひとつの下足箱を開ける。靴を入れてキーを抜き取り、今度は自販機で入場券を買う。一枚1,900円也。男は宮内の分も買った。
「あ、私の分は払います」
宮内が慌てて言ったが、木原はさり気なく答える。
「なあに、私が誘ったんだ。私のおごりです」
受付でキーと入場券を出すと、代わりにロッカーキーと共に、ガウン、タオル、バスタオルを渡された。
奥のロッカーで服を脱いでいるとき、木原が言った。
「裸になったら、ガウンとバスタオルはロッカーに入れて、タオルだけ持っていきます。風呂の脱衣室でよく盗まれるんです」
宮内は疑問に思ったが、それよりも彼の心臓はドキドキと高鳴っていた。木原は裸になると、分厚い筋肉で覆われた見事な体をしていた。しかも股間にぶら下がる逸物は、ふてぶてしいほど亀頭が発達して、嫉妬に囚われるより先に、思わず見とれてしまうような代物だった。
しかし、そんな彼の思いも、木原の後について2階の浴室に行くと、その場の光景を見て吹っ飛んでしまった。
入浴客の大半は中高年の男性だったが、明らかに性的な行為をしている者が目に付いた。ほかの男も
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