(8)
年が明けて、元旦。
初詣から戻ってきた銀狐のメンバーは、すぐ中に入らず、それぞれの思いを込めて、住み慣れた建物を眺めた。古いレンガ壁の家も、朝陽の中で見ると新鮮だった。
昨年は、借金のカタに取られそうだったので、皆の思いはひとしおだった。
白取英彦が駆けつけて、全員が集まったところで、新年会が開かれた。
一成の発声で乾杯して、酒盛りが始まった。若い謙二が――と言っても56歳になるが、大きな体を持て余し気味に、酒や料理を運んでいる。
それを横目に、一成がみんなに言った。
「いつもケンちゃんが下働きだ。借金も無くなったことだし、どうだい、もっと若い人も採用するか」
その提案に、皆がガヤガヤ騒ぎ出した。賛成と反対が相半ばした。一成が、黙って聞いていた英彦に、話を向けた。
「どうだい、若い女が大好きなデコちゃんは、どう思う?」
笑い声が起こったが、英彦は考えながら真面目な口調で言った。
「私は反対だな。皆さんは今、お元気だけど、いつまでも働けるわけじゃない。それに比べて若い人は先が長い。そんな若い人を採用したら、銀狐は仕事を続けていく義務と責任が生じる。だからシニア会社は、年寄りだけで気楽にやったほうが良い。息切れしたら、いつでも会社を畳めるようにしてね」
みんなは納得したのか、うなずく者も多かった。
英彦は、真面目に答えすぎたと思って、付け加えた。
「それに私は、爺さんが大好きだ」
どっと笑い声が湧き起こった。
さっそく修一郎が、期待を込めて言った。
「じゃあ、デコちゃん。このあと、私の家に来ないか」
「駄目!デコちゃんは、わしの部屋で寝るんだから」
昌三が、修一郎を睨んだ。
長老ふたりのやりとりに、場が賑やかになった。カラオケ好きの清司が、マイクを持って唄いだした。どことなく哀愁を帯びて、人の良さがにじみ出た可愛らしい声だった。
「いい声だ。セイちゃん、今晩、おれのベッドにおいで」
気難し屋の則平が、珍しく明るい声で言った。「さぞかしいい声で泣きそうだ」
一成は会席から離れて、部屋の奥に行った。板張りの壁面に、彼の大好きだった祖父の写真が飾られている。セピア色に変色しているが、穏やかな顔が何か言いたそうに、こちらを見ている。
(じいちゃん、何とかこの家を守ることができたよ。それに楽しい仲間もたくさん増えた。じいちゃん、ありがとう)
「イッちゃんのお父さん?」
背後から声が聞こえた。英彦だった。
「いや、父方の祖父だ。この家を建てたのも祖父だった」
答えたあと、一成は神妙な顔つきで英彦に言った。
「デコちゃん、ありがとう。こうやって、みんなが明るい正月を迎えられたのも、デコちゃんのお陰だよ」
「イッちゃんにそんなこと言われると、尻の穴がむず痒くなるよ」
「掻いてやろうか」
「遠慮するよ。ところでイッちゃん――」
英彦は改まって言った。「私のほうは、これから会社の仕事が忙しくなる。休みもそう取れそうにない。だから、皆さんとは今日でお別れだ」
「ええっ!」
一成は絶句した。
「そう驚くなよ。今生の別れじゃないんだから。またいつか、会えるさ」
「――じゃあ、しばらくの間だね」
「ああ」
ふたりは、しばし沈黙した。
「デコちゃんには、すごくお世話になったのに――私からは何もしてあげられなかった」
一成がぼんやりと言った。
英彦が一成の尻に手を添えて、軽く叩いた。
「はなから期待していないよ。イッちゃんは、金が無いだけじゃない。他に三無しだ」
「なんだい、その三無しって?」
「人でなし、ろくでなし、いくじなし」
「ああ――訊かなければ良かった」
「だけどイッちゃんは大好きだよ」
言ったあと、英彦は一成の丸っこい体を、ギュッと抱きしめた。
――**――
もうすぐゴールデンウィークに入ろうとしていた。
4月の後半ともなると、気温もすっかり緩んで、新緑の薫る風が心地良い。
一成は昼日中にもかかわらず、ひとりで風呂に入っていた。湯船で長々と体を伸ばして、とりとめのないことを考える。
(そろそろ店仕舞いするか。借金は無し、仕事も無し。今のメンバー5、6人、食っていけるだけの金はあるし)
借金の返済が終わっても、鎌倉の窪田老人から貰った金が、まだ五千万円近く残っていた。
一成はフッと笑った。
(こんなこと言うと、あいつ、怒るかな)
人懐っこい、のんびりとした顔が目に浮かぶ。
英彦が顔を見せなくなって、4ヶ月近くが経つ。そばにいると大船に乗ったような安心感を抱かせる、不思議な存在感が懐かしかった。
思い返してみれば、謎の多い男だった。
銀狐には週末しか来なかった。会社に勤めていると言っていたが、どこの会社かは一切、口にしない。家族のこともだ。それに自分の連絡先は、電話番号を含めて、全く教えてくれなかった。
それでいて、銀狐のために無
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