5日目(最終日)

いよいよ旅の最終日を迎えた。
明るい中でお互いの顔を見ると、昨夜のことが思い出されて、恥ずかしさが先に来た。二人は顔を洗い、着替えを済ませて、食堂に行った。
「お早うございます。ぐっすりと休まれましたか」
小太りの宿の主人が、温かい笑顔で二人に挨拶した。
鮭の切り身に卵焼き、みそ汁、納豆、焼きのり。それにホクホクした白飯。日本の朝食の定番であるが、なぜか新鮮に感じられた。
二人は健康的な食欲を見せて、きれいに平らげた。
「旅に出ると食欲が増して、メシがうまく感じるね」
昇が言って、千秋がうなずいた。
「だけど動き回るから、太りすぎにはならない。一番健康にいいことだ」

宿の主人夫婦と別れを惜しんだ後、昇の運転で出発した。あとはそれぞれの家に帰るだけだが、その前に一か所だけ寄ってみたい所がある、と昇が言った。
鬼怒川温泉地から下今市に向けて走り、大谷川(だいやがわ)を渡ったところで右折した。少し上流に向けて走ったところに、だいや川公園がある。昇は公園の駐車場に車を止めた。
「昔、ここのオートキャンプ場に、家族と来たことがあります。子供たちは夏休みで、3日間滞在した。キャンプファイヤーや魚釣り、バーベキューパーティー、女房や子供たちにとって、最高の思い出の地となったようです」
昇は目を細めて、昔を思い出すように言った。
大谷川に沿った広大な公園だった。緑あふれる森の中で、運動場やトレッキングコース、各種体験コーナー等があった。敷地内には道の駅もあり、豊富な野菜や果物類が店頭に並べられていた。

ベンチに並んで腰掛け、緑の風景を眺めながら、千秋が言った。
「昇は仕事をやめて何年になる」
「かれこれ10年かな。商社を退職後に始めた事業に失敗して、同じ時期に良枝が死んだ。何もする気が無くなったよ」
「もう働く気はないのか?」
昇はしばらく考えて、言った。
「10年経てば、働く気力は十分戻った。でも金儲けではなく、人の役に立つようなことをやりたい。ほら、北方文化博物館にいた爺さんのように――。神戸に戻ったら、何か探してみようと思う」
「そうか――お前に謝らねばならん。わしは嘘をついた」
「え、嘘って何?」
「わしが働いていると言ったことだ。実は、医院は婿にすべて任せている。わしは完全リタイアだ」
「叔父さん、なんでそんな嘘をついたの?」
「そりゃあ、お前を勇気づけるためだ。いつまでもくすぶってないで、そろそろ働いたらどうかってな」
「――」

千秋は、甥の手をそっと握った。
「昨夜、お前と裸で抱き合って実感した。わしら年寄りは、健康で長生きするために、もっと肌を合わせねばならん。スキンシップを楽しむことだ」
「そうですね」
昇は遠くを見ながらうなずいた。「まだ叔父さんの肌の温もりが、手に残っているような気がする。肌と肌をくっつけ合って、大いなる安心感を共有する。これが必要ですね」
「ああ、今度の旅は本当に良かった。わしの人生、残された時間は短い。それでも有意義に生きて行く、新しい発見があったような気がする」
「じゃあまた、旅を一緒にしますか」
「ああ、またな。今度はわしが、神戸に行くよ」
千秋は立ち上がると、大きく伸びをした。
                           To be continued

(あとがき)

やっぱりピンク脳が働いてしまった。書き終わったときの反省である。でもこれが私の本質なのかも知れない。
老い先短い老人は、何を楽しみに生きているのだろう。同じ年齢層に入った私の純粋な疑問である。
趣味活動?交友?食べること?見ること?遊ぶこと?セックス?
人それぞれだろう。
じゃあ、私はどうなんだろう、と考えると、明確な答えは見つからない。
でもおぼろげながら、気の合う爺と旅をしたい、という気持ちはある。
ここでなぜ、好き合う爺ではなく、気の合う爺としたかと言うと、好き合う爺と一緒だと、どうしても夜、無理をしてしまうからである。旅の夜は何回も訪れる。これでは体が持たないのである。
また実際、気の合う爺と旅をするとなると、妻帯者の私には何かと制約がある。女房にどうやってごまかして出かけるのか?
旅行費用を、どうやって捻出するのか?
そして何より、旅に付き合ってくれる、気の合う爺を見つけられるのか?
ああ、なんと現実は厳しいことか!
と言うことで、結局、妄想の中で旅をするしかないのである。
皆さんは、どうお考えだろうか。 神亀


20/07/26 06:59更新 / 神亀

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