第7章 葛竚マ(6)

(6)

11月も終わりに近づいた土曜日、一成と英彦は、鎌倉の鶴岡八幡宮に来ていた。
最前から英彦は、神妙な面持ちで拝殿に向かって両手を合わせ、何やらブツブツと言っている。
「何をお祈りしているの?」
待ちくたびれた一成が声をかけた。
英彦はそれを無視してお祈りを続け、丁寧に一礼すると、一成に向き直った。
「今日の会合が無事に済みますようにって、お祈りしていたんだ」
「ああ――1億円借りられますようにってか」
「違う。そんなことより、無事に帰ることが先決だ。これから会う爺さんは、ものすごい変人なんだ。何をされるか予測がつかない」
英彦は、いつになく神経質になっていた。
一成は、急に不安になった。
「だったら、行くのよさない?」
「何、言ってるんだ!銀狐存続の土壇場じゃないか。社長がそんな弱気でどうする」
英彦が厳しく叱って、さっさと先に歩きだした。

ふたりは八幡宮の近くにある目的の屋敷に入った。緑の鬱蒼と生い茂る豪邸だった。英彦の遠縁にあたる、窪田平蔵の住まいである。
通された奥座敷には、家の主が泰然と構えていた。
でっぷりと太った82歳の老人で、一成はその姿を見て、ふと狸の置物を連想した。
「おう、英彦、久しぶりだな。お前、わしを敬遠しているんじゃないのか」
「そんなことはございません。私は小父さんを敬愛しております」
「ふん、相変わらず心にもないことを言う。まあいい、わしはいつだって暇だから、遠慮なく遊びに来ていいぞ」
事前に電話で要件は伝えてあったが、窪田はすぐ本題に入らず、雑談をした。
老人は話好きで、ひとときも退屈させない。

まずは、同じ町内に住むオカマの話から始める。
そのオカマは女以上におしとやかな男で、窪田は男を抱いたことはないが、その清楚な物腰のオカマだけは、妙に気になっていた。
ところがそのオカマには旦那がいる。ちょっかいを出すのを控えていたところ、この秋に旦那が死んだ。それじゃあと、旦那に買い与えられたオカマの家に出向いて、意を通じてみたら、ウンという。
さっそく初のオカマ掘りに挑戦して、心地良く致していたら、だれもいないはずの仏間から、チーンと鐘を打つ音がきこえてきた――。
「あのときは、さすがにゾッとしたな。わしの剛刀も、すっかり萎えてしもうたわ」
言ったあと、82歳の老人はひとり悦にいって、カラカラと笑う。
そんな老人に口を挟もうことなら、どえらいしっぺ返しを食うことになる。
ところが一成は、窪田老人の性格を把握していなかった。まんざら嫌いでもない下ネタ話に、すっかり気が緩んでいた。それに、最前から老人の股間を見て、大きそうだが、柔らかそうだとも思っていた。
それで、つい、口走った。
「あのう――剛刀って、もっと荒々しくて、固いモノを言うんじゃないですか?」
(このバカが!)
という顔で、英彦が一成をにらんだ。しかし、あとの祭りだった。
一瞬、窪田老人は黙り込み、それからふんぞり返ると、眠そうな薄目で一成を見つつ、フフフ、と無気味な含み笑いをした。
「きみ、面白いことを言うね」
「――」
「それでなにかい、わしのモノが柔らかいとでも言ってるのか」
「――」

すっかり固まってしまった一成から視線を移して、老人は英彦に言った。
「時間が無い。本題に入るか」
先ほど、いつも暇だと言っていた割には、言うことが違ってきた。
「1億円の無心だったな」
「無心だなんて――」
「違うのか?」
「いえ、無心で結構です」
妥協して英彦が答えると、老人は驚くべきことを言った。
「お前は親戚の中でも、デカマラで知られていたな。だったらわしの前で、この男とつるんでみろ」
「はい?」
「この男、可愛らしい顔をしてるじゃないか。さぞかし良い声で泣きそうだ」
意味が分からず怪訝な表情をする一成の横で、英彦は腹を決めた。彼は念を押すように、ゆっくりと言った。
「つるんだら、1億円くださるんですね」
「ああ、ただでくれてやる」
「だったら、今、1億円を見せてください」
窪田老人は苦笑した。
「疑り深い奴だな。よし、持ってくるから、お前たちも用意しろ」

「ねえ、デコちゃん、あの爺さんの前で本当にやるの」
「口は災いの元。イッちゃんがあんなことを言うから、爺さんがヘソを曲げたんだ。でも災い転じて福だ。ちょっとクロクロショーをやれば、濡れ手で粟、タダで1億円手に入るんだよ」
ふたりは浴室でシャワーを浴びていた。
一成は先ほどから英彦の股間を見て、恐怖を覚えていた。
(――まるで筋肉増強剤を使った、特大の松茸だ)
「入るかなあ。デコちゃんのはでかいから」
「大丈夫。イッちゃんだって、野本のデカマラを経験したんだろう」
「でも、デコちゃんのはもっと大きいよ」
「大丈夫だって。福沢諭吉の顔が、ズラッと1万枚並んでいるのを思い浮かべるんだ。
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