(4)65歳その後1
「誕生日、おめでとう」
「ありがとうございます」
クニさんの72歳になる誕生日だった。ふたりは和繁のベッドにいた。
(あれから13年か――)
和繁はふと思い浮かべた。業務課長のクニさんを連れて、東北地方の温泉宿に泊まった時のことだった。あのとき和繁は52歳、そしてクニさんは59歳になったばかりだった。二人はその時初めて、男色関係を結んだのだ。
クニさんは、ひっそりと寄り添うように、和繁の横に腰掛けていた。その丸っこい肩に片腕を回し、クニさんの顔を見つめながらワイングラスを干した。
柔らかい唇をした小さめの口と、二重になりかけた丸いあご――血色のよいなめらかな頬に、男の甘いムードが漂っていた。
どちらからともなく抱き合った。そして甘美な口付け。興奮が募ってくる。自然にお互いの体をまさぐりあった。
しばらくして、クニさんを四つん這いにして、怒張したイチモツを狭間に当てがい、ゆっくりと突き入れた。
あっ、はああ――。
クニさんがかすかに喘ぎ声をあげた。
亀頭部から根元へと、湿った温もりが広がった。ほどよい締まり具合の腸壁を押し広げると、快感がじくじくと浸透する。
根元までググッと押しこんで、しばし微妙に変化する感触を味わった。
腰をうねらせ始めた。下腹部を受け止める尻は、シルクのクッションのようにやわらかい。膨れ上がった肉棒を咥え込んだ入り口は、むっちりと締まって、しかも奥は行き止まりがない。深淵の底無し沼のように、どこまでも奥深く受け入れてくれる。
突いて、引いて、捻りを入れる。張り詰めた先端が腸壁をこすった。
あっ――ああっ!
感に耐え切れぬように、クニさんの喘ぎ声が寝室に染み渡った。
クニさん、セイさん、シユウちゃんたちとのジャズ演奏は、人に聞かせるほど上達して、ときどきボランティアで老人ホームに出向いた。お茶の間で人気が出てきた和繁は、行く先々で歓迎された。
シユウちゃんの勧めもあって、和繁は、小さな芸能事務所を立ち上げていた。
リビングの一角にデスクとパソコンを置いた。事務仕事はクニさんが殆ど一人でやったが、ほかの3人も、それぞれ得意分野の知識で手助けした。
こちらから営業をせず、先方から持ち掛けられた仕事だけを対象にした。それも内容によっては、断ることもあった。
決して背伸びせず、できる範囲でやる。それが事務所のモットーだった。
その内、和繁はある民放局の定番組を持つようになった。和繁が全国の温泉地に旅をして、宿の湯や食事、その地方特有の名産物や文化を探訪するものだ。連れはいなかった。彼は単独で、行く先々の人たちと会話した。カメラや音声の若いスタッフ陣3人が、付き従った。
これが結構人気になって、視聴率もあがり、スポンサーたちを喜ばせた。
年老いて、男の渋さと甘さが混在する容貌もさることながら、年配者の深い知識に裏打ちされた語り口や、聞いていて耳に心地よい声も、人気があった。
そして何と言っても、温泉湯での裸場面――和繁は前を隠しもせず、入浴しているほかの客たちに親しく話しかける。
もちろんテレビ画面では、肝心の部分にボカシが入っているが、テレビを見ている人は、ほのぼのとした気分になったり、或いはあらぬ妄想を抱いたりする。
好き者の中には、わざわざ撮影場所と時期を調べて、同じ宿に泊まったりする。そして運が良ければ、撮影現場に居合わせて、生の七尾和繁の裸が拝めたりするのだ。
紅葉が始まる初秋のある時期、和繁は九州の内陸部にある、日田の奥地の老舗温泉宿に来ていた。ここは客室が10室ほどしかない高級宿で、さすがに和繁目当ての客は泊まっていなかった。
小ぢんまりとした宿だが、侘び寂びの風情があって、庭木も手入れが行き届いていた。そして宿自慢は、二つある露天風呂だった。ひとつは宿の横を流れる小さな渓流沿いにあり、もうひとつは階段の回廊さきにある高台の露天風呂で、抜群の眺望があった。
昼間、日田市街の豆田町や三隅川でルポしたあと、宿の露天風呂で撮影した。
入湯するほかの客がいなかったので、50代の宿の主人が付き合って、話し相手になってくれた。でっぷりと太って、頭の禿げた人好きのする親父だった。
そのあと、特別あつらえの懐石料理を食するシーンが撮影された。こちらのほうは、初老の板前がわざわざ顔を出して、料理の説明をした。
「明日、8時に迎えに来ます。どうぞごゆっくり」
その日すべての撮影が終わると、若い撮影スタッフたちが別れを告げた。彼らは別の安いホテルで、部屋をとっているのだ。
彼らと入れ替わりに、宿の主人がやってきた。仲居がお盆にのせた銚子とチョコを持ってきた。
「お仕事が終わったところで、旅先のお楽しみを満喫してください。これから先は、宿側のサービスでございます」
主人は和繁にお酌しながら言った
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