(5)
総勢40人ほどの取締役会が終わったときだった。三田村社長が、大場副社長のほうを向いて言った。
「ところで大場くん、きみの部署で、課長が重役を殴るという事件があったらしいな」
大場は、冷静な口調で返事をした。
「ええ。仕事上の意見の食い違いで、起きたことです。カッとなった高山が、伊丹を殴ったのです。おかげで伊丹は、顎を骨折して入院しています」
三田村社長は、自分が殴られたように顔をしかめた。
「意見の食い違いで殴った?あの高山は暴力をふるうようなタイプじゃないと思ったが。それで、どんな事情があったのだ?」
「品川プロジェクトに関係した件です。社長には、あとで詳しくご報告いたします」
そこで彼は、声を少し大きくした。「とにかく、わたしは高山課長に対して、断固とした処罰をするつもりです。部下に範を垂れるべき課長が、大勢の社員たちの前で、重役を殴ったのですからね」
「戒告処分か?」
「それでは手ぬるいと思います。わたしは、懲戒免職にすべきだと考えております」
三田村社長は、ギョッとしたように大場を見た。ほかの重役たちも急に静かになった。その傍らで伊藤会長だけが、小さくうなずいていた。
三田村は、気を取り直して言った。
「まあ、結論は詳しい事情を聞いてからだ」
取締役会のあった夜、桂樹は長尾相談役に誘われて、閑静な料亭の一室にいた。
二人きりになると、長尾はいつになく厳しい表情で、桂樹を見た。
「今日の取締役会で、きみの暴行事件の話題が出た。大場くんは、きみを懲戒免職にすべきだと主張していた。いったい、何があったのだね?」
桂樹は、品川プロジェクトのコンペ当選にからむ裏取り引きの経緯を、冷静に説明した。そして最後に付け加えた。
「贈賄罪で逮捕された千秋さんは、利用されただけです。彼は警察の取り調べにも、小倉建設と窪田先生の関係は一言も話していません。それを疑惑逃れのためとはいえ、彼の恩義に報いず、工事発注先から外すなんて、信義則に劣ることだと思います。
もちろん、千秋社長にも落ち度があります。でも、千秋鉄工はこの数年、経営的に苦しい立場にありました。それをなんとか挽回しようと、千秋社長は小倉建設のために駆けずり回っていたのです。相談役はこのことを、どう思われますか?」
長尾は、桂樹の話したことを反芻するように、しばらく考え込んでいた。それから、おもむろに口を開いた。
「うちの会社も大きくなりすぎたのだ。昔は下請け企業の育成のために、なにかと気を配っていたが――。組織が肥大化しすぎた弊害だな。しかし、千秋鉄工を外したのは、自衛上の窮余の策だろう」
桂樹はキッとして老人を見た。
「では相談役にお伺いします。仕事を取るためには、賄賂もやむをえないとお考えでしょうか?」
長尾はちょっと考えて、慎重な口ぶりで言った。
「わたしは、人に後ろ指をさされない健全経営をしたいと思っている。しかし一方で、今の世の中では賄賂もやむをえないと思う。うちがやらなくても、他がやっている以上は」
「そうですか――。わたしは、そうは思いません」
桂樹は、きっぱりと言った。「今回の品川コンペでは、賄賂なんか使わずに、当社の企画力と事業ノウハウで、正々堂々と勝負すべきだったと思います。うちには、その力が充分にありますからね」
長尾はため息をついた。
「きみの意見には反論しないよ。と言うより、私自身、きみの意見に賛成だ」
そこで彼は声をひそめた。「それより、明後日、きみの処分についてトップ会議が開かれる。わたしはその会議に出席できない。きみは皆の目の前で重役を殴ったんだ、少なくとも戒告処分だけは免れない。それだけは覚悟しておきなさい」
「それは覚悟の上です」
桂樹は、思い切って尋ねた。「重役の皆さんの前で、わたしの意見を述べるチャンスは、与えられるのでしょうか?」
「それはどうかな。人事部長の事情聴取はあるだろうが――」
「お願いです。相談役のお力で、わたしが直接皆さんにお話できるように、取り計らってもらえませんか?」
「――」
長尾は黙って桂樹の顔を見た。「三田村社長には話してみるが、あまり期待しないでくれ。とにかく素直に謝ることだ。そうすれば、重役たちの心証も良くなる」
桂樹は、すぐには返事をしなかった。彼は考えながら言った。
「今晩、冷静に考えてみます」
それから言い足した。「相談役――わたしのことはいいですから、千秋鉄工をよろしくお願いします。品川がだめなら、他の現場で工事を回してやってください」
家に帰ってからも、桂樹の気持ちは定まらなかった。
相談役の勧めたように、素直に謝って、会社にしがみつくのか。それとも自分の信念を押し通して、徹底的に大場副社長や伊藤会長と対決するのか。
ふと千秋親子の顔が目蓋に浮かんだ。人を疑うことを知らない、育ちのよさ
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