(1)
大場副社長は、政界有力者たちと親交があったが、とくに国会議員の窪田大輔とは深いつながりを持っていた。窪田はでっぷりと太っていて、60歳を過ぎてなお脂ぎった精力に満ち溢れていた。大臣もやったことがある人物だが、とかく金銭がらみの黒い噂がつきまとっていた。
大場副社長はこの国会議員と秘密裏に会合をもっていた。桂樹がそのことを知ったのは、彼らの密会場所の手配をしだしてからだ。
ふたりの会合の場には、いつも千秋鉄工の社長が同席していた。上品で清廉な千秋恭平が、ダーティーなイメージのある窪田と関係があるというのは、桂樹には不思議に思えてならなかった。
夏に入ったある日、桂樹は大場副社長に呼ばれた。部屋にはいつものことながら、伊丹部長がいた。
「高山、これを千秋さんの自宅に届けてくれ」
大場副社長は、部屋の隅に置かれているゴルフバックを顎で示した。
「それからこれもだ」
彼はテーブルの上の分厚い封筒を取り上げて、桂樹に渡した。「ハワイ行きの重要書類だ。失くすんじゃないぞ」
桂樹の怪訝そうな表情を見て、伊丹がニヤリとした。
「千秋さんがお客さまに同行する。わたしも別便でハワイに飛んで、むこうで落ち合う。マスコミに変な噂を立てられないようにな。誰にも言うんじゃないぞ」
副社長室を出ると、封筒の中身を確認した。航空券やホテル予約の書類が入っていた。それに5千ドル分の新札もあった。
ゴルフバックには、窪田大輔とネームの入ったプレートがつけられている。中身のゴルフセットは真新しく、百万円近くする高価なものだった。
桂樹はタクシーを使って、千秋の家に品物を届けた。
応接室で千秋と話していると、紬の和服を着た女性がお茶を出した。歳の頃30前後、ハッとするほどの美人で、どことなく千秋に似ていた。
桂樹の視線に気づいて、千秋が笑いながら言った。
「娘の文恵です。実は前に、高山さんが結婚されていなかったら、お嫁さんに貰っていただこうと思っていたのです」
文恵が恥ずかしそうに微笑んだ。千秋と同じ、歯並びのよい白い歯がチラリと見えた。
「お父さんったら――高山さんに失礼ですよ」
桂樹は頭をかいた。
「いや、わたしもあせって結婚したことを後悔しています。もっと早く、娘さんを紹介していただきたかった」
千秋が笑った。
「そんなこと言っていいんですか、高山さん。美人の奥さんを貰って」
彼は桂樹の結婚式に出て、アンリを知っていた。
「文恵さんとくらべると色褪せて見えますよ。文恵さん、お父さんの会社で働かれてるんですか?」
「ええ、経理の仕事をしております」
文恵は控えめに言った。話し振りからすると、物静かだが、しっかりとした性格の持ち主のようだ。
「じゃあ、お父さんも安心だ。いつも見ておれるから――」
桂樹の言葉に、千秋が笑いながら言った。
「監視されているのは、わたしのほうですよ」
「お父さん!」
文恵がいたずらっぽく父をにらんだ。それから彼女は、二人に遠慮して部屋を出ていった。桂樹は、文恵のほっそりとした後ろ姿を見て、胸のときめきを覚えた。
二人きりになると、桂樹は千秋に話しかけた。
「ぶしつけな質問ですが、千秋さんは窪田先生と、どういったご関係なんですか?」
「ああ、先生は大学の先輩です。それにわたしは、先生の後援会会長をやっています」
「そうですか。でも窪田先生は、なにかと金にからむ噂のある方ですね。そのへん、千秋さんはどう思われているのですか?」
千秋は上品に眉をひそめた。
「先生は世間で言われているほど、悪い人じゃありません」
そこで彼は言葉を濁した。「それは政治家ですから、多少のグレーの部分はありますけど」
桂樹は思い切って言った。
「政治家なら、逆にクリーンであるべきじゃないですか?」
千秋の端正な顔が困ったように曇り、少し赤くなった。
「わたしが言ってるのは、政治家は金がかかるということです。しかし先生は、決して私利私欲のために、金を使っているんじゃありません」
「そうですか。でも、あのゴルフセットだって、贈り物にしては高価なものでしょう。それにハワイの接待旅行も、隠密裏にやるなんて」
「生きるためには、多少のグレーの部分は仕方ありません」
千秋は言いながら、桂樹の顔を真っ直ぐに見た。「高山さん、わたしはあなたが好きです。あなたのような真っ直ぐな性格がうらやましい。でも年配者として、あなたにご忠告しておきます。さっきのようなことは、わたし以外の席では、決して口にしないことです」
桂樹は反論したかったが、黙っていた。千秋とは根本的に考えが違う。これ以上言っても無駄だった。彼はおいとまを告げて退出した。
外に出ると、千秋文恵が追いかけてきた。
「高山さん、ちょっとお話したいことがあります」
彼女は早口で言った。桂樹は驚いたが、黙ってうな
[3]
次へ
[7]
TOP [9]
目次[*]
感想