(4)
桂樹は結果報告のため、副社長室にいた。部屋には大場副社長のほかに、伊丹取締役部長がいた。
「それで、会長はまだ怒っていたか?」
大場の質問に、桂樹は慎重に返事をした。
「だいぶ治まったんじゃないですか。少なくとも、わたしに会ってくださいました」
「そうか。それで金は払うって言ったんだな?」
「ええ。報告書を見て、日亜にも非があると気づかれたようです」
神山会長には会うなと言っていた伊丹が、しれっとして横から言った。
「そうか、よくやった。副社長、どうします?請求書を持っていきますか?」
大場は腕組みをして、考え込んだ。
「しかし今更なあ――高山、お前はどう思う?」
桂樹はきっぱりと言った。
「はい、あの神山会長のご性格からすれば、ここで追加金の支払いを断れば、逆にお怒りになられると思います。ですから、きっちりと請求したほうがいいと思います」
「そうか――しかし静岡工場はあきらめるしかないな」
「まだ可能性はあります。わたしはしばらく、神山会長のところに通ってみようと思いますが、いかがでしょうか?」
桂樹が言うと、大場が小さくうなずいた。
「うむ、そうしてくれ。ただし、会長を怒らせないように最大限の注意を払うんだぞ」
「はい、分かりました」
桂樹は言ったあと、伊丹のほうを見た。「部長はどうされますか?」
伊丹部長が答える前に、大場副社長が言った。
「伊丹はいい。高山ひとりで行ってくれ」
桂樹はときどき、日亜電気の神山会長のところに出向いて、話し相手になった。神山は、社内外の仕事を抱えて多忙の身だったが、桂樹のために貴重な時間を割いてくれた。
むしろ彼は、若い桂樹との会話を楽しんでいる節があった。
「きみは、わたしに会いに来る客の中では、最年少だ。たいがいが60過ぎのじいさんばかりでね」
「そうですか。でもお互いに理念が一致すれば、年齢や肩書きは別物だと思います」
「理念?どういう意味で言ってるんだね?」
「理性を働かせた最高の考え。会長が会社経営で、いつもやられていることです」
「それはお世辞のつもりか?どうせ陰じゃ、わたしのことをワンマンじじいと思ってるんだろう」
「それは、多少――でも、どうしてお分かりになりました?」
「引っかかりおって。きみの顔を見れば分かる」
「でも、会長は、いい意味のワンマンです」
「ワンマンに、善い悪いがあるのか?」
「ええ、一般に言われているのは悪い例です。一人よがりで、他人の話を聞かない。特にマイナス情報を受け入れない。イエスマンの側近を置く。そんな人が、悪いワンマンの典型です。そんな人のもとでは、組織は長続きしません」
「きみは手厳しいんだね」
「うちの会社でも見られることです」
「おいおい、そんな事を言ってもいいのか?」
「構いません、事実ですから。失礼ですが、会長はときどきご自分を振り返って、反省されることがおありですか?」
神山は答えるまでに、ちょっと躊躇した。
「以前は、反省の繰り返しだった。しかし年を取ってきて、近頃は忘れていたようだ。それを思い出させてくれたのが、きみだ」
桂樹は、からかわれていると思って、神山会長の顔を見た。しかしそこには、なんの邪気も窺えなかった。彼は気を取り直して言った。
「じゃあ会長は、いいワンマンです」
「えらく単純なんだな。反省すればいいワンマンか」
「ええ。わたしはワンマンがよくないとは、決して思っていません。ワンマンだからこそできた偉業は、たくさんあります。だって会長が、日亜電気を超一流の企業にしたことが、そのいい例でしょう」
神山が笑った。
「そんなにわたしを誉めてくれても、お茶ぐらいしか出ないぞ」
「すみません。経営の神さまのような方に向かって、生意気なことを言いました。でも、わたしは会長に初めてお会いしたとき、直感的に分かりました。この方は、いい意味のワンマンだなって」
「初対面のとき?わたしは高圧的だったような記憶があるが。どうしてそう思ったんだ」
「目ですよ。会長の目を見て、ああこの方は絶大な権力を握っていても、謙虚な向上心をもたれている、と感じました」
神山は、ちょっと照れくさそうに微笑んだ。
「きみは、哲学者のような考え方をするんだな。きみのような若い人が、どうしてそんな考え方ができるのか、不思議だよ」
「わたしはスポンジのようなものです。初心な田舎者で、人生経験が浅いから」
神山の笑顔に誘われて、桂樹は微笑んだ。「ですから、人に会うたびに、その人のいいところを吸収しようとする習性が、身についているんです」
「きみのご両親は、さぞかし立派な方たちだろう。きみを見れば分かる。おおらかで、素直で――」
「両親は、わたしが16歳のときに死にました。飛行機事故で――」
「――それは気の毒に。知らなかった」
「いえ、いいんです。そ
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