(3)
第一営業部は、前にいた部署と仕事のやりかたが大幅に違っていた。
前の部では営業担当者が主体的に客先に出向いていくのに、ここではトップ外交が中心で、しかもすべてがベールにおおわれていた。
桂樹は部内で何が行われているのか、ほとんど掴めなかった。しかも桂樹を除けば、ほかの部員は40代以上の管理職だった。
桂樹の直属の上司、伊丹取締役部長は、腰巾着のように大場専務にくっついていた。
中背やや小太りの体つきと、小心者らしい小作りの目鼻立ちをした男で、上役に弱く部下にいばる、ゴマスリ男の典型だった。
いっぽう大場専務は、57歳の若さだが、次の総会で副社長に昇格が内定していた。彼はがっしりした立派な体格と、ゴルフ焼けした肉づきのよい顔をしていた。目許のきつさがなければ、坊ちゃん育ちの気ままな性格をうかがわせた。
そして桂樹本人は、秘書のようなものだった。
彼のする仕事と言ったら、伊丹部長や大場専務の車の手配をしたり、顧客を接待する料亭やゴルフ場の予約をしたり、会社に残って事務処理をすることくらいのものだった。
桂樹の仕事に対する不満がつのった。
しかも、家に帰っても心配事があった。義父との仲がしっくりいかなかったのだ。ゲイルはすっかりいじけてしまって、桂樹やアンリの言葉尻をとらえ、ことあるごとに反発する。
いつもは明るいアンリまでが神経質になって、ついには父親との別居を、本気になって桂樹に相談するほどだった。
ある日、桂樹は、彼女をなだめているときに、一計を思いついた。
――◇――
帰宅する乗客でふくれ上がっていた電車も、横浜駅を過ぎたところで余裕が出た。
ゲイル・ギャザウェーは、ようやく空いた席に座って、ほっとため息をついた。以前なら家で待つ孫の顔を思い浮かべるだけで、帰りの電車も楽しいひとときになった。しかし最近は、灰色の雲でおおわれたように、彼の心はどんよりと曇っていた。
楽しいはずの我が家も、居心地が悪かった。自分が邪魔者になっていると痛感していた。娘やその夫が、いつも冷ややかな目で自分を見ているのは分かっていた。実際、家の中で彼の味方なのは、孫の貴史だけだった。
ゲイルは重い足取りで、家にたどり着いた。
玄関のドアを開けると、娘夫婦の笑い声が聞こえてきた。珍しく婿の帰りが早いようだ。ゲイルの姿を見ると、二人の笑い声がピタリととまった。
(フン、またわたしの悪口を言ってたな)ゲイルは二人をにらみつけた。
娘婿が、白痴のような笑みを浮かべて、ゲイルに声をかけた。
「G・G、お帰り」
ゲイルはそれを無視して、自分の部屋に引きこもった。彼は最近、ひとりで食事をすることが多かった。家に帰るとまず時間をかけて風呂に入り、家族が食事をすませた頃に、のっそりと食堂に行くのだ。
そしてその日も、たっぷりと時間を費やして風呂に入り、そのあと時刻を見計らって食堂に行った。
家族が全員揃って、ゲイルを待っていた。部屋は照明が消されて、キャンドルライトの薄明かりだけ。テーブルの上には、彼の大好物のチキンのから揚げやキャビア、それに大きなデコレーションケーキが乗っていた。
「Happy birthday to you ♪――♪」
娘夫婦が歌いだした。孫の貴史までがニコニコ顔で、拍子をとっている。
「パパ、誕生日おめでとう!」
「G・G、おめでとう。ちょうど60歳だな」
ゲイルはとまどいつつも、照れくさそうに言った。
「あまりおめでたくもないな。もう60だ」
「G・G」
桂樹はゲイルに近づいて、彼の肩を抱いた。「さあ、そんなに突っ張ってないで、メシにしよう。お腹がペコペコだよ」
ゲイルが蝋燭の火を吹き消し、みんなが拍手をした。照明が点けられて、家族は待ちかねたご馳走に取りついた。
食事中の会話は、まだぎこちなさが残っていた。そんなとき小さな貴史が、大人たちの気まずさを和らげた。彼は初めて見るごちそうに、小さな目を輝かせて、はしゃいでいた。口の回りにケーキの残骸をくっつけ、チキンのから揚げをおもちゃ代わりに、なにやらしきりにおしゃべりをしている。
「ター坊は至極、ご満悦だな」
「この子にとってはバースデーケーキなんて、初めてだから」
「それにしても、何を言ってるか分からんが、さっきからしゃべりっぱなしだぜ」
「いやだ、この子。G・Gに似て、おしゃべりになるのかしら」
言ったあと、アンリは首をすくめた。これまでのゲイルなら、またいじけるところだが、彼は気にしなかった。
「アンリ、おしゃべりをするということは、頭のいい証拠だよ」
桂樹はホッとした。
「じゃあ貴史は、末は博士ってところかな。ぼくとしては、プロ野球選手になってもらいたいところだけど」
ゲイルが真面目な顔つきで言った。
「心配するな、桂樹。わたし似なら、この子は運動神経も優れてい
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