(2)
ある日めずらしく、堀田内装の社長が、桂樹の職場に立ち寄った。
桂樹が技術の仕事から離れて以来、堀田とは年始に顔を合わせるくらいで、ほとんど話をする機会もなかった。
なつかしい温顔を見て、桂樹の胸の内に暖かいものが広がった。
「あれっ、堀田さん、お珍しい。今日はどうしたのですか?」
「ご無沙汰しています。今日は協力業者の総会がありました。三田村社長とお話していて高山さんの話題が出たものですから。急にあなたがなつかしくなって、連絡もなしに寄りました」
「三田村社長がわたしのことを?だったら、いい話じゃないですね」
「とんでもない。あなたのことを、すごく誉めておられましたよ。見た目はボーっとしてるけど、将来は小倉建設を背負って立つ逸材だと」
「ボーっとしてるっていうのは余分ですけど、社長がわたしを誉めるなんて、珍しいことがありますね」
「三田村社長は、あまり人をお誉めになりません。よほどあなたが気に入られているんですよ。それはそうと、お仕事のほうは、ご活躍のようですね」
「たまたまラッキーだっただけです。ところで、小室さんはお元気ですか?」
「ええ、元気すぎるくらいです。もっとも、あなたと一緒に仕事ができなくて、ときどき寂しそうな顔をしていますが」
「なつかしいなあ。わたしも早く設計の仕事に戻って、小室さんと激論を交わしたいですよ」
小室老人の顔を思い浮かべて、桂樹はつかの間、建設現場時代に戻った気がした。
人事異動の時期は、社員たちにとって落ちつかないときだ。しかし桂樹だけは落ちついていた。秘書室はわずか1年だったが、まさか営業部では、そんなことはありえないと思っていたからだ。
そして異動が発表されて、桂樹はわが目を疑った。彼の名前は第一営業部に移っていたのだ。彼は回覧を見たとたん、白取部長の姿を捜した。彼の脳裏では、さまざまな思いが渦巻いていた。
白取が部屋に戻ってくるのを見て、桂樹は彼のもとに走った。
「部長、どういうことですか?わたしはここに来てたったの1年じゃないですか。なにかわたしに、ご不満でもあったのですか」
一気にまくし立てる桂樹の剣幕に、白取は思わず逃げ腰になったが、気を取り直して言った。
「ちょっと別室に行こう」
社員のいない部屋に落ちつくと、白取は言った。
「まずは、おめでとう」
「なんでおめでたいんですか?」
桂樹はふてくされて言った。白取はポケッとして桂樹の顔を見ていたが、そのうち納得したように微笑んだ。
「きみ――昇格のことを知らないのか?」
「昇格?異動のところしか見ていませんけど」
「きみは課長に昇進したんだよ」
「――」
桂樹はいっしゅん呆然とした。にわかには信じがたいことだった。
「ほら、いつだったか、ひょっとしたら良いことがあるかもしれないって、きみに言った事があるだろう。実はあの時、三田村社長に呼ばれて、きみのことを耳にしたんだ。
きみはわずか1年の間に、3つも大きな工事の受注をまとめた。しかし、社長がきみの業績を評価したのは、不動産特定共同事業のほうだ。
あの提案のおかげで、我が社は最大の懸案事項だった、不良資産の処理方法を見出したんだ。――もっとも、事業はこれからだから未知数だけど、きみはそれも向陽不動産と東都銀行という、願ってもないパートナーを用意してくれた」
「でも、あれは部長が決められたことですよ」
「わたしは、きみのお手伝いをしただけだ。それにきみのおかげで、わたしは次の株主総会で、取締役に推薦される」
桂樹の顔がパッと明るくなった。
「え、本当ですか。部長、おめでとうございます」
「いや、まだ正式に決まったわけじゃないよ」
白取は照れた。そこで真顔になった。「話がそれたが、きみの課長昇格の件は、社長の推薦で決まったことだ。あ、もう一人、長尾相談役も強く推されたらしい」
「でも、わたしが課長になるのは――ちょっと早すぎませんか」
「当社の一般例ではね。ただし、会社に対して抜群の業績を上げれば、若くても課長になれる道があるんだ」
「――」
「きみは、我が社始まって以来の、大抜擢された課長さんだ」
桂樹はポツリと言った。
「異動の件は、どういうことですか」
「あれは、きみの実績を買って、大場本部長が引き抜かれたんだ。きみも知っての通り、第一営業部は本部長の直轄だからね」
自宅に戻ると、息子の貴史が、ヨチヨチ歩きで桂樹を出迎えた。
「お、ター坊、お出迎えか。おりこうさんだな」
桂樹は息子を抱き上げると、居間に入った。ゲイルは新聞を読んでいた。
「やあG・G、ただいま」
桂樹が声をかけると、ゲイルが顔を上げた。彼は冷ややかな目つきで桂樹を見て、すぐ新聞に目を戻した。
「ジージーは、ご機嫌斜めみたいだな」
桂樹は子供に話しかけると、キッチンに向かった。アンリは食事の支度を
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