第7章 葛竚マ(1)

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白橙色の太陽が、樹海の地平線に傾いていく。
見ているうちに、光の中心部から放射状に色調が変化して、空一面が鮮やかなオレンジカラーに染まった。手前にある遺跡の石塔が黒いシルエットになって、絵画のような効果を生み出している。
全てが透明度の高い、大パノラマだった。
「ワーオ、マーベラス!」
観光客の雑踏の中で、若い白人女性が、感嘆の声をあげた。その肩に手を置く初老の東洋人が、女の興奮に乗じて、頬にそっとキスをした。
異国の地カンボジアで、大自然の驚異を見物していた大島一成は、大きなため息をついた。一緒に来ている岡本千秋と河合清司の方を振り返ると、ふたりとも畏敬の念に打たれたような表情をしている。感激屋の千秋などは、目に涙を浮かべている。

大島一成は、今年4月に古希を迎えたばかりだった。彼はかねがね考えていた、70歳になったらアンコール・ワットを訪れてみようと。
そしてこの12月初めに、ようやく実現したのだ。
連れは2つ年下の岡本千秋と河合清司。一成が立ち上げたシルバー人材会社『銀狐』のメンバーだが、二人を誘った最大の理由は、彼らがこの旅行の資金提供者だったからだ。
一成が会社オーナーというのは名ばかりで、彼はいつも金欠病だった。今回の海外旅行も、借金の取り立て屋から逃げ出した格好だ。
3人は日中、アンコール遺跡群を見物したあと、一旦、ホテルに戻った。それから夕方になって、夕日の絶景ポイントとして名高い、プノン・バケン遺跡に来た。
アンコール・ワットに近い高さ60メートルほどの小高い丘で、未舗装の道を歩いて登っても、大した時間はかからない。
問題は、遺跡の高台にある石の階段だ。ものすごい急傾斜で、踏み面は足を横向きにしないと立てないほど狭い。それに長い年月、踏み均されて、すっかり摩耗している。
それでも登るときは良かった。両手両足を使って階段にしがみつきながら登れば良い。

そして今、帰りの階段下りが始まった。階段は高台の4ヶ所にあり、一成は最も状態の良いのを選んだが、それでも上から見下ろすと、垂直とも思えるほどだ。
一成は後ろ向きに、手探り足探りで慎重に歩を進めた。そんな彼を尻目に、他の観光客はさっさと追い越して行く。
(なんで、そんなに急ぐんだ。怖くないのか?)
一成は、上から来る観光客を恨めしそうに見た。
ふと気が逸れた瞬間、足を踏み外した。
それを支えようと伸ばした右手が、石肌をズルリと滑った。
「あっ、あっ!」
叫んだときには、彼の体は、背中から空中に投げ出されていた。
心臓が喉元までせり上がるような恐怖の中で、一成は硬い石畳の衝撃を覚悟した。それは時間にして一秒もなかっただろう。
しかし、一成の体は、ほとんど衝撃も受けずに宙で止まった。何が起きたのか理解するまでに、数秒かかった。
彼は大柄な東洋人の両腕の中に、すっぽりと抱き止められていた。
「ナイス、キャッチ!」
若い女が、明るい声をあげた。頂上で見かけた白人女性だ。
年配の男は、一成の体をそっと地面に降ろした。血色の良い幅広の顔立ち。齢は60を少し出たくらいか。大きな体つきの割に、飄々として、相手に安心感を抱かせるような風貌をしている。男の穏やかな顔を見て、昼間見たアンコール・トムの四面仏を、ふと思い浮かべた。ガイドは確か、「クメールの微笑み」と言っていた。
「どこか、怪我はありませんか?」
男が日本語で、一成に声をかけた。若干、関西訛りが入っている。
「――ああ、大丈夫です。助かりました」
一成は頭を下げながら言った。男は穏やかに「それは良かった」と言うと、若い白人女性と手を取り合って歩き去った。
男の行動があまりにあっさりとしていたので、一成はただ茫然として、ふたりの後ろ姿を見送るだけだった。

ホテルに戻ると、レストランで晩飯をとった。シーズンなのか、結構混んでいた。
何気なく店内を見渡していた一成は、彼を助けてくれた日本人が、白人女性とテーブルについているのに気付いた。
さっそく、男のところに行って礼を言おうとすると、千秋が押しとどめた。
「今はやめたほうがいい。恋路の邪魔だ。無粋だぞ」
「だって、名前も聞いてないんだ」
なおも行こうとする一成に、千秋があっさりと言った。
「白取英彦、62歳。関西訛りがあるけど、東京在住だ」
一成は呆気にとられた。
「そんなこと――なんで知っているんだ?」
「さっき直接、本人に聞いた。仲間がお世話になりましたってね。ついでに、イッちゃんの名刺も渡しておいた。同じ東京だから、向こうにその気があれば、電話してくれるだろ」
結局、挨拶に行かず、様子を見ることにした。
初老男と若い女性は親しそうに会話をしながら、ワインを飲んでいる。ときおり交わす親密そうな目配せ、初老男がテーブル上の女の手をそっと握ったりしている。
一成は
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