(1)
出勤日の前日、設計部の和泉部長から電話があった。
桂樹は話を聞いて、仰天した。今回の人事異動で、桂樹は秘書室に配属されたと言うのだ。
「部長、何かの間違いでしょう。わたしは技術者ですよ。秘書室に行くわけがない」
「間違いじゃないんだ。人事部に確かめたのだから」
「でも――なんでわたしが、秘書室なんです」
「わたしも発表を聞いて、びっくりしてるんだ。きみはてっきり、うちに戻ってくるものだと思っていたのに」
電話を切ったあとも、桂樹は呆然としていた。それに気づいてアンリが、何かあったのかと尋ねた。
「人事異動で、ぼくは秘書室勤務だってさ」
「あら、いいじゃない。むしろ喜ぶべきことでしょう。なんでぼんやりしているの?」
「おい、ぼくは技術者だぜ。なんでぼくが、秘書の仕事をやらなくちゃならないんだ」
「だって秘書って、会社で一番面白い仕事じゃない。VIPのお相手ができるし。わたしなら大歓迎のことだと思うけど」
桂樹はそれ以上、妻に反論するのをやめた。仕事に対するふたりの認識のずれは、いくら説明しても直しようがない。
しかし、癪に障ることに、娘から情報を得たゲイルが、ニタニタしながら義理の息子をからかいに来たことだった。
「ヘイ、桂樹。きみはこんど秘書をやるんだって?」
「G・G、その変な笑いはやめてくれないか。うちの家族に、精神異常者がいると誤解されたら困るじゃないか」
「桂樹、ご機嫌斜めだな。でも秘書になるのは、きみにとっていいことだ。だいたいきみは、マッチョすぎるんだよ」
そのとき、そばを通りかかったアンリが言った。
「あら、パパ、桂樹は見掛け倒しのマッチョマンじゃないわ。彼は、ワイヤリーよ」
「ワイヤリー?」
ゲイルと桂樹が、同時に聞き返した。
「そう、筋金入りってこと」
アンリはそう言うと、さっさと立ち去った。
あとに残されたふたりは顔を見合わせた。それからおもむろに、ゲイルが桂樹の下腹部を見た。
「筋金入りか。ふん、きみの女房が言うんなら、あえて反論しない」
桂樹は顔を赤らめた。
「まてよ、G・G。アンリが言ったのは、そんな意味じゃないぞ」
「けっ、内心は嬉しいくせに。まあいい。とにかく、きみが秘書になるのはいいことだ。秘書をしていれば、言葉づかいも和らいで、物腰が洗練されてくるし――」
桂樹は、義父の言葉をさえぎった。
「分かった、もういい。親子して、ぼくをからかおうってわけだ」
それから、ふくらみが目立ちだした、ゲイルの下腹を見た。「ところで、G・G、その出っ張った腹を、もう少し洗練させたらどうなんだ」
翌日出社すると、桂樹は真っ直ぐ秘書室に出向いた。秘書室長の高堂が桂樹の姿を見て、異動の挨拶に来たものと思い、にこやかな笑顔で席から立ち上がった。
「やあ、高山くん、さっそく来たか。よろしくな」
桂樹はニコリともせず、高堂に言った。
「ちょっとお話があります。別室でお願いします」
部屋にはいるなり、桂樹は怒りを含んだ声で高堂に質問した。
「どういうことですか?技術者のわたしが秘書室勤務だなんて」
桂樹の剣幕にたじたじとなりながらも、高堂はかろうじて踏みとどまった。
「きみ、薮から棒になんだね?」
「今回の異動の件ですよ。わたしは設計技術者です。この2年間現場に出ていたのも、設計部からの出向扱いだったんだ」
「だから、今回の異動で正式に、設計部から秘書室に配属になったと言うことだよ」
高堂室長は、さわやかに言った。
それを聞いて、桂樹はキッとして、高堂に一歩詰め寄った。
「ま、待てよ、きみ。冷静になりなさい」
高堂は後ずさりながら、慌てふためいた。「わたしは知らない――きみの異動の件に、わたしはまったく関与していない」
桂樹は、秘書室長の背後の壁に片手をつき、上から覆い被さるようにして、上役の顔を見ながら低い声で聞いた。
「じゃあ、だれが関与しているんですか?」
高堂はごくりとつばを飲み込んだ。それから小声で言った。
「長尾相談役だと聞いている。なんでもきみの異動の件は、急に決まったらしい」
思わず白状して、高堂はしまったという顔をした。
「ほう、長尾相談役ねえ――」
桂樹はつぶやいて、室長の育ちの良さそうな顔をじっと見おろしていたが、そのうちぷいと部屋を出ていった。
「相談役、わたしを秘書室に配属したのは、あなただとお聞きしました」
「ほう、だれがそんなことを言った」
「高堂室長です」
「高堂が――きみ、高堂を脅したな?」
「そんなことはしていません。やんわりとお聞きしました」
長尾は疑わしそうに桂樹の顔を見た。
「やんわりとな――」
「それで、わたしの異動の原因は、相談役ではないんですか?」
「わたしと言えばわたしだし、違うといえば違う」
桂樹は苛立って言った。
「相談役、禅問答をしているんじゃないです
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