(1)
あまりにも話が良すぎて、気持ちが悪いほどだ。これには何か落とし穴があるのでは――桂樹は少々不安だった。
そして当日になると、やはり落とし穴が彼を待ち受けていた。待ち合わせの大船駅に行くと、アンリの横にお邪魔虫――ゲイル・ギャザウェーの姿があったのだ。
一瞬たじたじとしたが、桂樹は気を取り直して二人に近づいた。
「ハイ、アンリ」すこし遅れて「――ハイ、ゲイル」
彼はゲイルの重ね着したハーフコートとボストンバッグを見た。
「G・G、見送りにしては、ずいぶんたいそうな格好じゃないか?」
「桂樹、きみもジョークが言えるようになったな。もちろん、わたしも一緒に行く」
「一緒に!冗談だろ!」
「もちろん、冗談じゃないさ」
ゲイルはすまして言った。「理由はふたつ。ひとつはもちろん一人娘の貞操を守るため。あとひとつは、わたしの華麗なスキーテクニックを、きみたちに伝授するためだ」
桂樹はアンリの方を見た。アンリはすっかりあきらめ顔で、彼に向かって肩をすくめた。
電車の中で、桂樹はギャザウェー親子の向かいの席に腰掛けて、ブスッとしていた。彼が不景気な顔をするのとは対照的に、ゲイルは肉づきのよい顔をほころばせて、しごく上機嫌だった。二重瞼のグレーの瞳を輝かせて、先ほどからしゃべりっぱなしだ。
「アンリ、おまえと一緒に旅行するのは久しぶりだね。たしか5、6年ぶりだよ」
「わたしが18歳の誕生日のときに、パパの生まれ故郷に行って以来よ」
「ああ、そうだったね。あのときは、おまえがロンドンで迷子になるというハプニングもあったので、よく覚えているよ」
「あら、パパ、迷子になったのはパパのほうよ。わたしは、予定通りの待ち合わせ場所に行ったのだから」
「アンリ――父親に恥じをかかせるものじゃないよ。あの場所は、おまえの勘違いだったんだから」
アンリは桂樹のほうを見ながら、お手上げといったように肩をすくめた。
「それにしても、日本の旅はいいねえ。四季それぞれに風情があって。桂樹、きみは冬の京都に行ったことがあるかい?」
ゲイルが明るい声で訊いた。
「ない」
桂樹はブスッとして言った。そんな桂樹の様子を、ゲイルは気にもとめなかった。
「冬の京都はいいぞ。雪でもやった嵐山を背景に、金閣寺が悄然とたたずむ。あ、冬の熱海もいいな。温泉につかって雪見酒をやるんだ」
桂樹はため息を吐いた。
「G・G、雪見酒もいいけど、雪の中で寝るってのもいいぞ」
「雪の中で寝る?そんなことができるのか?」
桂樹は電車に乗るとき、G・Gを説得して、鎌倉に残そうとした話を蒸し返した。
「ああ、そうなる可能性はおおいにある。なにせ保養所には、二人分しか予約を入れていないからな」
「なんだ、そんなことか。心配するな。渡る世間に鬼はなしって言うじゃないか。なんとかなるさ」
「それを言うなら、渡る世間は鬼ばかり、だろ。ところでアンリ」
桂樹は、それまで面白そうに男たちのやり取りを聞いていた、アンリに声をかけた。「こちらに来いよ。そちらの席は窮屈だろう――肥満体が横にいて」
会社の保養所は、桧の羽目板張りの外壁に、レンガ造りの煙突のつき出た、大屋根の素朴な味わいのある建物だった。
保養所の管理人鳥羽は、よく日焼けしたいかにも朴訥そうな老人だった。彼は、若い男女の二人連れと聞いていたが、年配の外人が加わっているのを見て、怪訝な表情をした。
桂樹はわけを説明した。
「ぼくの後ろに、木偶の坊のように突っ立っているのは、彼女の父親なんです。勝手にくっついてきたんですけど、どうしますか?泊められないとおっしゃるのなら、帰しますけど――」
管理人は、人懐っこい笑顔を浮かべて言った。
「どうぞ、構いません。お泊まりください」
「えっ、鳥羽さん――無理をされなくてもいいんですよ」
「いえいえ、無理などしていません。脇田所長から、あなたたちのお世話を頼むと、重々言われております。それに、一番広いお部屋をご用意しておりますから、3人でもゆったりとお休みになれます」
桂樹は残念そうに言った。
「そうですか――じゃあ、お言葉に甘えます」
部屋は確かに広かった。10畳ほどのリビングに、戸襖で仕切られた8畳の和室。リビングには、壁に収納できるタイプのベッドがふたつあった。
ゲイルは部屋に入ると、まるで竣工検査をする係り官のような目つきで、部屋のあちこちを子細に見てまわった。彼はリビングと和室を仕切る戸襖をチェックしながら、鳥羽に聞いた。
「管理人さん、この襖には鍵がかからないの?」
鳥羽が怪訝そうに言った。
「鍵――そこにはついていませんけど」
横から桂樹が言った。
「G・G、何考えているんだ。鍵つきの襖なんてないよ。鍵なら、入り口のドアについてるじゃないか」
ゲイルは不満そうに、ブツブツとつぶやいた。
「それじゃ
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